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連続note小説「MIA」

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連載小説:MIA(Memories in Australia) 【*平日の正午ごろに連載を更新します】  22歳の青年・斉藤晶馬は、現実から逃避するように単身オーストラリアへ渡っ…
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連続小説MIA | Memories in Australia.

 物語の舞台は2007年のオーストラリア。22歳の晶馬は、どこへ行き、なにを感じたのか?常に不安定な若者だった僕。今となっては、おぼろげな記憶。改めて掘り起こす記憶の断片。異国での十分な資金もない生活、日銭を稼ぎ続けることで糊口を凌いだ日々。それぞれのエピソードが繋がったとき、どんな物語になるのだろう。ぜひご一緒に。(※この物語は実話に基づいたフィクションです) Where did Shoma go and what did he feel when I was 22 ye

連続小説 MIA⑴ | Memories in Australia

Ⅰ 斎藤晶馬は国際線の飛行機から無機質な風景を眺めていた。「皆さま、今日もJETSTAR880便、関西国際空港行をご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長はジョン・ブラウン、私は客室を担当いたしますリンダ・ミラーでございます。まもなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。関西国際空港までの飛行時間は13時間20分を予定しております。ご利用の際は、お気軽に乗務員に声をおかけください。それでは、ごゆっくりおくつろぎください」機内アナウ

連続小説 MIA⑵ | Memories in Australia

無目的的にオーストラリアの東海岸を北上し、ケアンズからエアーズロックへと向かう旅の計画を立てた。その道中は長くなる。現金で持っている大金の半分を、市中銀行へ預けることにした。国内大手のANZ(オーストラリア・ニュージーランド銀行)の口座は入国したとき口座を開設していた。ATMは小さなパブにも設置してあるし、ANZに預けておけば国内のどこででも金を出すことができるだろう。1,500ドル(当時の為替で約14万円)を封筒へ入れ、仕事のない平日に市中銀行に預けにいくことにした。銀行へ

連続小説 MIA⑶ | Memories in Australia

財布の中、左右のポケット、後ろポケット。それからリュックサックの小ポケット。探せるところはすべて探したが見当たらない。祝杯のビールもそこそこに、来た道を急ぎ足で戻りながら自分が置かれている状況を整理した。「もしかしてキャッシュカードを取り忘れたのかもしれない」と思い当たる。けれど、ATMでカードを取り忘れるなんてことが現実にあるのだろうかと疑問に思う点もあった。普通なら、入出金取引が終わったらカードは自動で排出されるものである。気持ちが楽観的な思考に傾いていることを感じた。悪

連続小説 MIA⑷ | Memories in Australia

​​斎藤晶馬は愕然とした。窓口の行員から発せられたその言葉は、その場に座り込むほどの厳しい宣告だった。最悪のストーリーだった。まるで奈落の底へと落とされた気分だ。つまりこういうことである。ATMで入出金の取引中のまま、その場を後にしてしまったのだ。呆れるほどに世間知らずの馬鹿野郎である。そして、次に待っていたATM利用客に、根こそぎ持っていかれてしまったのだった。1,500ドル、それは、その日暮らしの僕にとっては大金だった。日給70ドルのアルバイトをして、20日間以上の労働が

連続小説 MIA⑸ | Memories in Australia

 ガイドマップを頼りに、安宿のドミトリーへ到着する。ひとまず、三日間の予約を取った。そのホテルは、バブルの時代に建てられたような趣のある、5階建ての巨大な集合住宅だった。渡された鍵の部屋に入る。鍵を開ける瞬間はいつも少し緊張する。部屋には、すでに先客がいた。狭い室内に、二段ベッドが二つあるドミトリー。きくと、ブラジルから観光に来ている兄弟だった。空いていた方のベッドの2段部分に手荷物を置き、下の段に腰を降ろした。兄弟は、束の間の同居人である僕に興味を持ったようで、こちらをチラ

連続小説 MIA⑹ | Memories in Australia

ブラジル人の兄弟が部屋を後にした後、僕は手荷物を解き始めた。ゲストハウスでは食事が支給されることはないから、毎回の食事は自分で用意する必要がある。バックパックから、財布と25本入の煙草とコンパクト・デジカメを取り出し、ポケットに押し込む。この街についての情報が少ない中、貴重品を持ち歩くのは得策ではない。僕は、パスポートをシーツの裏に隠しておいた。あの兄弟が人のベッドを漁ってまで金品を取ることはないだろう、と判断した。年代物のエレベーターでロビーに降り、しばらく外出することを伝

連続小説 MIA⑺ | Memories in Australia

「おい、酔っ払ってるのか?」駆け寄って声をかけた。近づいてみるとブラジル人兄弟の弟テオは、口から血を流している。返事がはっきりしない。「あんた一人なのか?ミゲルはどうした?」起き上がるように、肩を貸す。相手が僕だとわかると、テオは肩に腕を回してきた。吐く息から酒の匂いがする。「兄ちゃんは、ミゲルはここには居ない」とにかく部屋へ戻ったほうがいいだろう。状況が飲み込めないまま、エレベーターホールへと向かう。ホテルのロビーには、どこからか聞こえてくる無機質なモーター音があるばかりで

連続小説 MIA⑻ | Memories in Australia

外国のイメージなど、絵画で見るそれと同じだった。この外国生活の目的とは一体なんだろう。観光をして、楽しい思い出をつくるため?外国で生活をしていたという経験を作るため?いいや、どれも違う。そんなことを行動の軸に据え置くことには強い抵抗があった。オーストラリアに来て数ヶ月が経つというのに、晶馬は落ち着くところを見つけられないでいた。ビールは苦いが、後になれば甘い陶酔を運んでくれる。そんな結果を晶馬は願った。せめて、この経験が自分を強くするものになってほしい。世の中には色彩が溢れて

連続小説 MIA⑼ | Memories in Australia

 竜崎とは、翌日の夕食を一緒過ごす約束をし、その晩は別れた。彼は、ゴールドコーストに関する情報(人気のある飲食店や、郵便局の場所。それから不動産情報)についてよく知っていたし、なによりも市内での働き口を紹介する気がありそうだった。仕事の内容は「簡単」らしい。請け負っている品物を、徒歩やバスで配達することらしかった。(詳しい内容は明日の夕食の時に)ロビーを過ぎ、エレベーターに乗る。フロントに宿泊延長を申し出ておけばよかったかな。と思うものの後回しにする。カギを回し、部屋に入る。

連続小説 MIA⑽ | Memories in Australia

ミゲルは、竜崎と出会った時のことを話し始めた。ひと月前にゲストハウスのバーで声をかけられたという。(僕と同じだ)ミゲルとテオは、ゴールドコーストのカジノで大負けをした。損失額は数千ドル。自棄になって酒を飲んでいた時に、竜崎に出会う。彼に「簡単な仕事」を紹介すると言われて請け負ったのが「ハーブの配達人」だった。仕事はじめの時に、二人は竜崎からUSBフラッシュメモリの配達だと言われたという。実際に、封筒の中には、USBフラッシュメモリが入っていた。彼らは、竜崎にいわれるがまま、一

連続小説 MIA(11) | Memories in Australia

ミゲルとテオが、竜崎に好ましく思われていないことは明らかだった。明日、竜崎に会う約束がある。仕事内容を聞きながら、仲間の情報を引き出せないものか。こちらの思惑通りに竜崎が例の仕事について話してくるならば、糸口がつかめるかもしれない。竜崎に仲間がいることが確認できれば、テオを襲ったのは竜崎とその仲間である可能性が高い。ミゲルたちが借りた金は、彼らが竜崎に返すべきものだ。それにしても、集団で背後から襲うなんて卑怯なやり方は許せない。僕は竜崎からどうやって情報を引き出しそうかと考え

連続小説 MIA(12) | Memories in Australia

僕たちは、夜の海岸沿いを歩きながら話をつづけた。メイン通りから少し離れると、宿泊施設が立ち並ぶエリアに入る。この辺りまで来ると人通りも少ない。竜崎は気分がいいのか、周りを気にする様子もなく、大きな声で話し続ける。彼が話している言語が日本語で、ここに居るほとんどの人間が理解できないだろうという安心感がそうさせているのかもしれない。とにかく、竜崎はこちらの思惑通り「運び屋」の仕事を僕に紹介してきた。内容はこうだった。ゴールドコースト市内に点在するお得意様に、あるものを運んでほしい

連続小説 MIA(13) | Memories in Australia

「この部屋に移り住んだのは2か月前くらい。それまではゲストハウスにいたんだ。長く住むなら家賃を払うほうが割安になるからね。それに、ここはシェアハウスだし」竜崎はいう。「じゃあ、ルームメイトが?」「うん、居るよ。ちょうど君が座っているそのベッドが彼の場所だ。しばらく顔を見ていなかったけれど、どうやら僕が出かけている間に戻ってきてたみたいだね。ほら、床に洗濯物が積んである」そう言って笑う。僕はそれを聞いて納得した。この部屋から、ちぐはぐな印象を受けたのはそういう理由だった。今、話