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「回転木馬のデッドヒート」と村上作品について 読書感想
「タクシーに乗った男」と言う一枚の絵画の話。
作者が画廊のオーナーとインタビューする。始めは戸惑いながら、次第にコツをつかんで。この感じは私にも経験がある。「その人の崇高な何か、鋭敏な何か、温かい何かを探り当てる努力をすべき。」そしてその結果興味深い話を聞けることがある。心が開かれ、何かの拍子にぽろっとこぼれる、そんなことがあるから人と話すのは面白い。
彼女はその絵を買う。自分のために。絵が気に入ったのではなく、絵の中の男性に自分が失った人生の一部をみつけ、そしてその「永遠に閉じ込められている」彼にシンパシーを感じながら眺めて暮らす。2年半後彼女は人生の区切りをつけ、絵を含めたすべてを燃やす。自分自身の一部と彼を解放するために。
でも話はまだまだこれから。なんとギリシャで絵の男が彼女の乗っているタクシーに乗ってくる。それもタキシードを着て。そして彼は言う、「良いご旅行を」。偶然にしてはできすぎた話。
そしてこの話で本当に伝えたかったのは、
「人は何かを消し去ることはできない 消え去るのを待つしかない」ということだと思う。
先月末、日本で親しくしていた一つ年上の友人が急に亡くなった。彼女の追悼、そして私の中で区切りをつけたくて、ひまわり畑を探して見に行った。彼女の好きだった花。そしてひまわりのような人だった。お棺も友人たちがひまわりで一杯にしたと聞いた。でも私の中から彼女への思いを消し去ることはできなかった。
人間は嫌なことは忘れる生き物だと言う。でもこんな心の大きな穴は消そうと思っても消せない。消え去るのを待つしかないのか?
「ハンティングナイフ」
夏、海、マリンたちがビーチバレーをする。妻と休暇に来て日焼けした主人公。全ては明るい夏のイメージ。そこに長期滞在する車椅子の親子。
お金に困らず、家族の指示で雨降りみたいにあっちに行ったりこっちに行ったりする、引き上げる場所のない暮らし。その付き添いは神経症を患う母。
そんな息子が内緒で手に入れた「ハンティングナイフ」。それは彼にとって「力」なのではないだろうか? 人も自分も傷つけるつもりはないけれど、そうすることもできる武器。そしてそれを隠し持つ楽しみ。
そこで話はこの本のタイトルに戻る。「回転木馬のデッドヒート」デッドヒート:「同着」「同点」「無意味な争い」「互角の競走(競争)」「どうでもいいこと」
降りることも乗り換えることも、追い越すこともできない。回転木馬の上で仮想の敵と繰り広げるデッドヒート。
車椅子の息子はデッドヒートのための武器を手に入れた。仮想の敵とデッドヒートを戦うために。
そして村上作品は、ここに書かれたこの考えに沿って描かれているのかもしれない。
「意思と称するある種の内在的な力の多くの部分は、その発生と共に失われてしまっているのに、我々はそれを認めず、その空白が我々の人生の様々な位相に奇妙で不自然な歪みをもたらすのだ。」それが村上ファンタジー?
この間マラガの芸術文学協会、Ateneo/アテネオのデジタル雑誌にコロナ禍の時間の過ごし方について記事を書いた。
「国境の南太陽の西 村上春樹からナットキングコールへ」
1979年東京、18才で始めて村上作品を読んでから、気がつけばもう40年以上彼の作品を読んでいる。最も好きな作家ではない。でも彼の作品と共に大人になってきた自分がいる。コロナ禍のステイホームをきっかけに、家にある37冊の村上作品を時系列順に読んでみることにした。
村上作品の多くは音楽がとても大事なキーになっている。そして今だからできる読み方、それは作品に出てきた音楽を聴きながら作品を読むこと。これはネットで簡単に音楽が検索して聞けるようになったのでできること。そしてそうすると作品の奥行きが広がる感じがする。
「国境の南太陽の西」の主人公は女の子の家でレコードを慎重に掛けてナットキングコールを聞く。国境の南には何があるのだろうと思いをはせて。これは私も体験した。あの緊張感と夏の暑い空気。ジャズの響き。
または青山のジャズバーやスーパー、プール、都会、猫、アイビーファッション、海、そういったキーは自分が生きたその空間や体験をタイムスリップさせ、そして作品の世界に私を引きずり込む。
多くの作品を読み終わっても感動があるわけでも、重要なメッセージを受けるわけでもなく、作者が書きたかった事が分からないこともある。
でも私たちはずっと村上春樹の回転木馬から降りられずに、デッドヒートを続けていくのかもしれない。
嘔吐1979は、電話の回線を抜いて寝ればいいだけじゃないの?と思う。(笑)
余談
村上春樹がDJをする「村上ラジオ」知っていますか?スペインからは聞けないのだけれど、友人の家族が録音してくれたのを何度か聞きました。ステイホームの時には伊豆の彼の書斎から、「明るい明日を迎えるための音楽」というテーマで放送、中々面白かったです。彼の語り口は特に好きではないけれど、選曲はなかなか。本当にオタクだなぁ、と思います。学生の頃聞いた深夜放送を思い出します。 2020年7月