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彼がえがく世界を、わたしも

物語のアイデアに行き詰まって、ライトピンクのミュージックプレイヤーを手に取る。

イヤホンをつけると溢れてくるのは、五月蝿いほどギターを掻き鳴らす音、衝撃的なフレーズの数々。流れ込むのは私じゃない誰かの世界。でも、そのどこかに自分の面影はうっすらと、太陽が姿をあらわした時に消えゆく影みたいに存在している。

がなり声がさざめくギター音とともに耳の奥に振動して、心を貫いていく。ふとミュージックプレイヤーの画面に目を向けると、眼鏡をかけた冴えない男の顔が映っていた。女らしいピンクの縁取りに収まったその顔と旋律は、あまりにも不釣り合いすぎて思わず笑ってしまった。

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彼ー高橋優さんを好きになったきっかけは、友人に薦められた一枚のCDアルバムだった。元々は友人が彼のファンで、興味本位で話を聞いていたらそのアルバムを薦められたのだ。

友人に薦められたのは、バラード曲だった。彼の曲は激しく衝撃的な曲調が印象的だったのだが、聴いてみると彼の声のトーンと穏やかなメロディが合っていて、こういう曲も合っているなと感じながら、耳を傾けていた。

ほほえましいような他愛もない一場面、ゆったりとした旋律がサビに差し掛かった途端、急に頭の中を物語が駆け抜けていった。水彩絵の具で撫でたような繊細さで、色とりどりの画が流れるように脳裏を彩っていく。その光景はあまりにも衝撃的で胸が高鳴ったことを覚えている。

アルバムの他の曲を聴いてみても、いくつか私の創作脳を刺激する曲があって、他のアルバムの曲を聴いてみても同じ現象が起きた。これは偶然じゃなく彼が作り出す曲はことごとく私の創作脳を刺激するものなんだと自覚した。

それ以来、行き詰まった時は彼の曲を聴くようになった。今ではミュージックプレイヤーの中に入っている彼の曲は、100曲。同じ曲が二つ入っている可能性もあるが、自分でもすごい数になったぁと思う。

彼の曲にはいつも、右手に残酷さ、左手に優しさがあった。両方が同じ質量の時もあれば、どちらかがひどく重い時もあって、けれど、どちらかが全て欠けていることは決してない。右手を突きつけてきたかと思えば、左手ですっと支えてくれる。さんざん現実を突きつけた後に、少しの希望を与えてくれる。そんな感じが好きだった。

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イヤホンの中の声が、今まで穏やかだった空気をぶち破る。なにかを訴えかけるように強く、いっそう激しく。その言葉の節々には鮮やかな光がちらついて、私の心を打った。途端、急に叫び出すように口に出してみたくなる衝動がふつふつと湧いてきた。この衝動はなんだろう。数秒、耳の中に満たされた音楽に意識を集中させると、ある思考が生まれた。

私はこういうものが書きたかったんだ。

世界の在りよう、醜いも美しいも全部ひっくるめて、私たちが生きている世界の残酷さ、優しさを描いてゆきたい。その世界が、高橋優さんの曲には詰まっている。だからこんなにも彼が描く世界に導かれてしまうんだ。

辛いことばかりじゃ苦しいだけだから、時には空想というスパイスを入れて、希望の道をつくっていく。そういう物語を今年は書いていけたらいいな。

再生ボタンを押して、音楽を停止させる。ギター音の余韻と、まだ私の中に溢れる物語の欠片をたしかめて、そっとイヤホンを外した。ひとときの別れを告げるように、画面の中の笑顔に笑いかけた。今度は私の物語を。ノートに文字を書き付ける音をBGMにして。

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本当は3年前の高橋さんのお誕生日に投稿しようと思っていたけれど、書きおわらずにずっと下書きで眠っていたものを今回少し整えて。やっと書けました。

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