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泣かない女はいない|長嶋有

私は「女」という言葉があまり好きじゃない。突き放されたような、乱暴な言葉に聞こえるからだ。(同じような理由で「男」も)。普段の生活でも「女が」「男は」と聞くとげんなりしてしまう。それは小説も例外ではなく、『泣かない女はいない』という題名に少し引いていた。
しかし読み終えてからこの題名を振り返ると、『泣かない女性はいない』『泣かない人はいない』『泣かない女の子はいない』というのは違うな、と妙に納得し、「女」という言葉が持つ乱暴さや素っ気なさがぴったりだと思った。

主人公の睦美が淡々としているからか、文体は冷たく感じる。会社の人とは付かず離れずの関係で、仕事に情熱を持っているわけでもない。しかし、ふとした文章に睦美の繊細さが映し出される。

こぼれそうな水を手にすくったまま、カラオケボックスからここまで歩いてきた気がした。

桜を眺めた。早くも少しずつ散り始める花びらをみた。花はすべて自分の方に向かってくるように思えた。

とはいえ、睦美は度胸のある人だと思う。梯子で屋上へと登っていくし、フォークリフトにも乗ってみる。そんな人なのに、告白せずに終わった。付き合っていた人に対しては、"新しく好きな人が出来て「ごめんね」"と言えるのに。そのバランス、ギャップが可愛らしく思えてくる。勇気がなくて言えなかったのか、新しい道へと進む相手のことを思って言わなかったのか。どちらにせよ、切ない。

ごめんねといってはいけないと思った。「ごめんね」でも、いってしまった。──恋をめぐる心のふしぎを描く、長嶋有自信作。

河出書房新社

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