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『旅する練習』乗代雄介
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『旅する練習』はちょうど一年前の第164回芥川賞候補作になり話題となった。惜しくも受賞、とはならなかったが、その後三島由紀夫賞を受賞した。
また、Twitterなどで#2021年の本ベストランキングなどで、名前もちらほら上がっていた印象。
きめ細やかな表現をする本作は、芸術的という言葉がはまる。"純文学"というジャンルに欠かせない作品となった。
著者は乗代雄介。最新(2021年下半期)の芥川賞でも『皆のあらばしり』で候補になった、実力派作家。
良い小説を読んだという達成感と、この作品を知ることができたことに対する興奮が止まらない。
読み触りが良い。最初の文から興味をそそられるし、流れを無視する日記も知識になって面白い。
実際の場所へ行ったことがあったり、景色を見ながらだったら趣は深いんだろうが、想像でも補えるかな。分からないものは検索しながらとかだと良いかもしれない。私は調べるために携帯片手に読んでいた。
全体的に格言のようなことを言うのは、いつでも亜美で、とくに印象に残っているのは『おジャ魔女どれみ』の主題歌の解釈のところ。知っている曲だったからより分かったのだと思うけど、あの解釈は凄い。アニソン独特の歌詞だと聞き流すところを彼女なりに噛み砕こうとしている。亜美のセリフは結構ぐさりときて、考えさせられる。もちろんおジャ魔女の歌詞以外にも。
ラスト1ページが議論されているという話は読む前から知っていた。
賛成か反対か、という極端な意見で言うと私は反対になるのだろう。それは、私がハッピーエンドが好きだからという一点にある。
そもそもこれはハッピーエンドかバッドエンドかということも議論されそうだが。
その話を抜きにしても、なくても良かったのかもしれない。(これは、死というものがなくても物語として完結していたということで、余計とは思っていない)
また、このラスト一文があるからこそ、物語に深みがあるという意見もある。
その意見にも十分頷ける。
カワウが死んでいる描写、やけに亜美を綺麗な存在(勇敢ともいう)として扱うみどりさんの言動、忍耐と記憶の話から、叔父さんの旅の記録は亜美のために残された記憶なんだろうな、ということなど、これらはラストの一文に繋げるために不可欠なものだったんだろう。
このことが物語からすっぱ抜けると、『旅する練習』が成立しない。
するとラストシーンのための小説となるから、議論することが不毛なのかも。
この物語の先の叔父さんの人生、みどりさんが亜美が亡くなったことを知ることになったら。続きへの想像は止まらない。でも私の想像はなんだかどれもバッドエンドな匂いがする。