レビュー『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』
ひさしぶりに一気読みさせる本と出会ったのでご紹介。
その名も『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』。
タイトルそのままのノンフィクション。
著者がルーマニア語と出会い、ルーマニアの文芸界に名乗り出る物語が描かれています。
疾走感のある文章を楽しむことができ、ページを繰るほどに筆者の情熱がつたわってきました。
小説を書いている人や、言語習得に興味がある人にも、本書はさまざまな知恵を与えてくれます。
ルーマニアとは?
「ルーマニア」と聞いて、どんなことが思い浮かびますか?
ぼくはお恥ずかしながら、国の名前は聞いたことがある程度で、何もイメージがわかず、どこにあるのかさえ知りませんでした。
本書で多数紹介されるルーマニアの偉人を聞いても、知らない人ばかり。
唯一聞いたことがあったのは彫刻家・ブランクーシ。
本書を読んで彼がルーマニア出身だとはじめて知りました。
そして、ルーマニアで話される言語は「ルーマニア語」というのも初耳(まぁこれは予想ができそうですが、確証はありませんでした)。
なんとルーマニア語は「ロマンス諸語」に属しており、フランス語やイタリア語、スペイン語の親戚です。
とくにイタリア語は、勉強していなくてもある程度意味がわかるくらい近い関係にあるというから驚きです。
ルーマニア語を始めたきっかけ
鬱状態で引きこもるようになった著者は、心を安らげるために映画を観まくることに。
そんななか、運命の一作と出会います。
その作品とは、ルーマニア映画の「Police, Adjective」(コンネリュ・ポルンボユ監督)。
ルーマニア語そのものがテーマとなっている映画で、著者はその言語をめぐる物語に魅了されます。
そんな著者は、もっとルーマニア映画を知るために、ルーマニア語学習にのめりこんでいくことに。
ルーマニア語の学習に使ったのはなんとFacebook!
Facebookを使った言語学習は、個人的にはかなり衝撃的な内容なので、別の記事できちんと語学習得法として取りあげました。
著者の経歴
著者は1992年千葉県生まれ。
昔から内向的で、考えすぎる人間だったと言います。
そんな性格もあってか、大学受験や恋愛、就活の失敗によって心が崩壊。
2015年に大学を卒業し、そのまま千葉の実家で引きこもり生活に突入します。
映画をたくさん見始めた著者は、ネット上で映画批評をはじめることに。
そんななか運命の一作と出会い、引きこもりのかたわらルーマニア語を独学で身につけ、2019年から小説や詩を書き始めます。
2021年にはクローン病という免疫系疾患の難病を患い、ルーマニアへの渡航が一生かなわないことに。
それでも、彼のルーマニア語への情熱は止まりません。
Facebookを使い、友人の輪がどんどん広がっていきます。
そんななかでオンライン文芸誌を主催している人物と出会い、彼の文芸誌に作品を掲載してもらうことに。
実家の部屋に引き込もりながらも、海を越えた広い世界とつながり、ルーマニアで「文壇デビュー」を果たした著者のたくましさに勇気をもらえます。
この本を通じて出会った本
本書の巻末には、ルーマニア関連のオススメ本が多数紹介されています。
その中でも気になった本をピックアップ。
『優しい地獄』
ルーマニア出身の人類学者が、日本の弘前に暮らし、日本語で書いたというとんでもない一冊。
川端康成の『雪国』を読んで、「私がしゃべりたい言葉はこれだと思った!」というから驚きです。
ルーマニア人が、日本で、日本語の本を出すという、著者とは逆のパターン。
『悪しき造物主』
本書を読んで一番の収穫は、哲学者・シオランを知ることができたこと。
シオランは「ペシミストたちの王」とも呼ばれているらしく、読むのが楽しみです。
『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想 』
こちらはそのシオランの思想についての入門解説書。
これらの本は、本書を読まなければ、一生出会えなかったかもしれない本なので、得した気分です。
おわりに
『百冊で耕す』以来の熱量を感じた本で、ひさびさの良書との出会いに心が震えました。
ルーマニアの文壇事情、海外読者への村上春樹の圧倒的な影響力、年下詩人との師弟関係などなど、気になるエピソードがふんだんにちりばめられており、一気に読ませます。
ニッチな言語であるルーマニア語の学習をつうじて、自己変革していくさまは、著者自身がいうように「ルーマニア語旅行記」と呼べる一品。
「Stay hungry. Stay Foolish.」というスティーブ・ジョブズの名言を思い出すとともに、情熱によって人生を切り開いてる感が満載の本です。