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能楽、海を越える④-1【宝生和英 先生】公演編🇮🇹イタリア、ミラノ

🌏能楽、海を越える✈️

海外公演を経験された先生方に
海外で能はどのように受け入れられているか、
公演から学んだことや気づき、苦労したことなどをお話いただきます。

また、観光編として、能楽師がおすすめする観光情報も掲載していきますので、
ぜひ今後の旅のご参考にどうぞ!

第4回目は
シテ方宝生流第二十代宗家、
宝生和英(ほうしょう かずふさ)先生です。
ミラノでの公演についてお話いただきました。

十八代宝生英雄先生の像の前にて

■宝生和英 Hosho Kazufusa
シテ方宝生流第二十代宗家
1986年、東京生まれ。宝生英照(シテ方宝生流)の長男。19代宗家宝生英照に師事。初舞台「西王母」子方(1991年)。初シテ「祝言 岩船」(1995年)。「石橋」(1998年)、「道成寺」(2007年)、「乱」(2007年)、「翁」(2008年)を披演。一子相伝曲「双調之舞」「延年之舞」「懺法」を披く。
伝統的な公演に重きを置く一方、異流競演や復曲なども行う。また、公演活動のほか、マネジメント業務も行う。海外ではイタリア、香港、UAEを中心に文化交流事業を手がける。2008年東京藝術大学アカンサス音楽賞受賞、2019年第40回松尾芸能賞新人賞受賞。2023年ミラノ大学客員教授。


──ミラノ公演はいつ開催されましたか。

今年の2月5日にミラノのTeatro Elfo Pucciniという劇場で公演がありました。
僕は昨年から今年にかけてミラノ大学の客員教授として現地の学生に教えていて、今回のミラノ公演は授業の一環だったんです。公演当日には、僕の授業を受けていた東洋美術科専攻の学生や、日本に興味のある一般の方が観に来ていました。


──ミラノ大学での授業はどのようなものでしたか。

主に能楽のマネジメントやイノベーション史についての授業でした。基礎情報として能楽の歴史や能面や美術や楽器についても授業で紹介しました。昨年末と今回の計2回に分けて全部で20時間の授業でしたね。
授業はイタリア語で行うのですが、私は正確なイタリア語を話せているわけではないので、事前に原稿を作っています。Q&Aでは極力イタリア語で返すようにしていますが、難しいときには通訳やアシスタントの方に任せることもあります。

ミラノ大学


──ミラノで公演や授業をすることになった経緯を教えてください。

もともとミラノとの関係は、2015年のミラノ万博で初めてミラノに行ったことから始まりました。そのときは何も情報がない中で公演をすることになって、自分のポテンシャルを発揮できないまま、良いものができず悔しい思いをしました。なので、次の年に自分の思い通りのことをするために自費で公演をしたところ、現地のプロデューサーさんにすごく評価していただいて、そこから協力を得られるようになりました。
コロナ禍はありましたけれども、毎年2回〜3回ほどはイタリアで何かしらやっていますね。


──公演準備は1年以上前から始まっているのですか。

本来は1年以上準備が必要ですが、逆にいうと、ふっとチャンスが降りてくることがあるので、絶対的に1年以上必要というわけではないんです。でも、0からやるなら、だいたいは1年以上かかります。
僕の場合は事前に行って、交渉したりしています。ミラノは現地に制作や舞台チームがいるので、そこまで準備は必要ないですが、プレゼンテーションなど、やるべき仕事はありますね。


──海外公演をするときに大切にしていることは何ですか。

僕がイタリアに行くときに大事にしているのは、海外公演というと「船弁慶」や「土蜘」など、その場所で一回しかやらないことを前提としてプランを組むことが多いと思いますが、僕の場合は何度も同じ場所で公演をやるので、現地の文学性と合う演目をチョイスしたいと思っています。
今までいくつかの演目に挑戦して、今回は「綾鼓」という、とても難易度の高い曲が、果たして現地でどのように捉えられるのか、実験的な意味での挑戦でしたね。結果的にレビューでは満点をいただいて、好評でした。
イタリアでは三島由紀夫が演劇業界の中では知名度がありまして、能「綾鼓」は三島由紀夫の近代能楽集「綾の鼓」のもとになった作品ということで、イタリア人はすごく興味を持ってくれたのだと思います。公演をやってみて、「綾鼓」はイタリア人にも好まれる戯曲性をもった曲だということが分かりました。


──イタリアのお客さんが能を観たときの反応は他の国と違いますか。

鋭いというか、それぞれの演出に対してどういう意味があるのか、ものすごく細かく知ろうとする傾向にあるなと感じました。イタリアでは、能楽というのはすごくシンプルな仕草にも意味がある、と思ってもらっています。
また、イタリア人は質問をしてくることが多くて、ミラノ大学の授業ではQ&Aで1時間以上かかることもありました。

ミラノ大学でのパフォーミング


──海外公演を通して気づいたことを教えてください。

僕のこだわりとしては、海外旅行みたいな感覚で仕事をしたくないんですよ。やはり、海外公演といっても、同じヨーロッパでも、国や街によって全然国民性が違うんですよね。文化や風土が違うわけですから、ちゃんとそこまで理解してプログラムを組むということが重要になってきます。僕としては一方的に日本文化を押し付けたくないんです。センスやデザイン性、ステージアートとか、現地の文化を知ることで、直接的に影響しあえますよね。
特にミラノの人たちは、僕の感性に近いところを持っているなと思います。ローマのような古いものがたくさん残っている場所って手の付け所がないんですよ。やっぱり自分の手の入る余地がないとちょっと寂しいところがあって、新しいものと古いものが融合している場所、例えば東京やミラノのような、そういう場所が僕は好きなんだなと改めて思いました。


──海外公演をやって苦労したことはありましたか。

バジェットコントロール(予算管理)はいつも苦労します。僕の場合は、予算がつくからやるというのではなくて、目的をもってやるために予算を他から引っ張ってくる感覚なので、ツアーや助成金など、いろいろな手段を組み合わせて1個のものをつくるというのが毎回大変です。

イタリアのカッラーラという大理石の街でイベントをやったときに、街唯一のホテルがちょうど改修に入ってしまって、出演者がバラバラのB&Bに泊まらざるを得なかったことがありました。
僕は事前にアプリで全員分の宿の手配をしていましたが、そのうちの一つだけ事前に知っていた情報と違う内容で…。ベッド2つ、とオーダーしてOKが来たはずなのに、現地で「ない。」と言われ、さすがに男2人でシングルベッドはないだろう(笑)、ということになって、大急ぎで新しいホテルを探しました。無事に部屋が取れたんですが、鍵の受け渡しがまた大変で。次の日は舞台なのに、イタリア語を話せるのが僕しかいなかったので、全部のホテルについて行き、手配をやって戻ってきたらヘロヘロの状態でした。

舞台を勤めて、ツアーコンダクターもやって、予算管理や報告書の作成も全部自分でしていましたが、カッラーラ公演の際に発疹ができてダウンしたこともあったので、せめて事務処理は誰かに任せよう、というふうに決めました。今は、僕の代わりに動ける人を1人は付けるようにしています。


──先生の今後の公演情報を教えてください。

宝生能楽堂45周年記念公演として、6月の夜能では「道成寺」、7月は「翁」「鞍馬天狗」の前シテを勤めることになりました。7月の記念公演の二日目には僕の息子も祝言「岩船」で出演させて頂きます。彼はこれが初めてのシテなので特別な機会ですね。
今回の「道成寺」のために、特別な型を探してきました。「道成寺」は能楽師にとっては一生に多くて3回、通常は1回しか勤めることのない曲です。特殊な型をやることは少ないのですが、僕の場合は「道成寺」を勤めるのが今回で10回目の節目なので、機会をいただけてとてもありがたいと思っています。

⭐️夜能についてはこちら⭐️


⭐️7月公演について⭐️


──読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。
第二言語は必須になるなと僕は思っています。通訳を通しての会話と、自分の言葉を比べると、拙くても自分の言葉の方が圧倒的に相手に伝わります。ビジネスのときは正確な言葉で話さないといけないので通訳を通さないと駄目ですけど、自分の気持ちを伝えるなら絶対に能楽師であろうとも、言語を勉強しないといけない時代は来ていると思います。
UAEに行った際に、ファイヤープレイスパーティーに参加したことがあります。エミレーツの関係者がアーティストたちを自宅に呼んで、日本食を食べながら焚火を囲んでアートについて語り合うんです。僕は英語があまり得意ではないので、最初はいつも緊張するのですが、しゃべらないといけなくなると、不思議とすらすら言葉が出てきて、しゃべっているんですよね。なんとなく相手が言っている意味も分かってきて、自分の言葉が伝わると楽しくなります。
第二言語を学ぶなら英語が一番良いとは思いますけど、僕はイタリア語を勉強し始めてから、英語の読解力が上がったと思うので、英語の勉強に気が進まない人は、他の言語をやってみてから英語を学ぶと良いかもしれないですね。


インタビューにご協力いただきありがとうございました!

インタビュー日時:3月12日(火)、宝生能楽堂控え室とロビーにて。


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