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記事一覧
「断罪パラドックス」 第32話
四ノ宮と結託して迎えた二学期の中間テストは楽々に替え玉が成功した。安心していたのに期末テストで、数学の大神がインフルエンザで学校を一週間も休んだせいでとんでもない番狂わせが起きた。
「大神先生がインフルエンザでお休みなので私が数学のテストの返却をします」
ホームルームで五十嵐先生がそう言った時はなんとも思わなかった。四ノ宮は僕の名前の筆跡は完全に再現できたし、僕のほうもそうだった。五十嵐先
「断罪パラドックス」 第31話
桜山高校に入学できた一瞬だけはホッとしたけど、母はとんでもないことを言いはじめた。
「あの女! あの女よ! 美穂を連れて行った女」
外面のいい母は行事には必ず出席してくれた。入学式の日、五十嵐先生の顔を見た時、母は稲妻に打たれたように立ちつくし、顔を強ばらせていた。僕は嫌な予感しかしなかった。
「あの女って、美穂おばさんを連れて行った女子高生のこと? でも、顔を思い出せないって言ってたじ
「断罪パラドックス」 第30話
第六章 一条久
線香の匂いがすると思い出すのは叔母さんの法事だ。叔母さんと言っても、たったの七歳で亡くなった子どもだったから、仏間に飾っていある黒い縁取りのある写真のあどけない笑顔を見ると叔母さんという単語が空中に浮くようなかんじがいつもしていた。おばさんの時間は七歳で止まったままだから法事の席でも小さな女の子が喜ぶようなものが供えられたり飾られたりしている。生きている僕より七歳で死んでいる叔
「断罪パラドックス」 第29話
一条さん、あなたは私への復讐の道具に生徒たちを使う。それが私に一番ダメージを与えられると思ったのですね。確かに私の弱点を的確に狙ったと思います。でも子どもたちを巻き込んだのはあなたの大きな間違いでした。あなたがあなたの手で私に復讐すれば良かったんですよ。あなたが子どもたちを巻き込んだことで、私のあなたに対する罪悪感は揺らぎました。ええ、あなたが子どもたちを道具のようにしたことで、薄らいでしまいま
もっとみる「断罪パラドックス」 第28話
一条さん、私にはあなたに何をされても受け入れました。真実の暴露でも、損害賠償でも、あなたに復讐されるのを今までずっと待っていたといっても過言ではありません。
あなたは久くんの入学式の日、担任である私の顔を見てすべてを思い出したのですね。
私こそが、あなたの妹を連れ去ったあの時の女子高生だと。
きっと今すぐにでも私がやったことを、この町中に言いふらしたかったと思います。けれども、あなたは
「断罪パラドックス」 第27話
祖父は私のかわりになる子どもを、母に産ませようとしているのではないか?
まさか、そんなはずはないと思いたかったのですが、母は私にお姉さんになるの。と言ってから二回ほど堕胎させられています。それはお腹の赤ん坊が男の子だったからなのではないのかと思います。
そうまでして、あからさまに女の子を欲しがることをあなたのお父さまはどう考えていたのか、一度お尋ねしたかったのですが、きっと、あなたのお
「断罪パラドックス」 第26話
第五章 五十嵐倫子
この新校舎は先日一条さんがおっしゃった通り、三年前に建て替えられたものです。ですから、私が桜山を学び舎として過ごしたころの校舎とは違います。一条くんはこの屋上によく来ていたようですが、私もかつて新任の教員だったころはよくここに来ました。ここからは、ほら、こうして、この桜山高校の全体が見渡せます。彼がここで何を考えていたのか、一条さん、あなたはご存じですか? 私には断片的にし
「断罪パラドックス」 第25話
二学期の期末テストが終わってから、すぐのことだった。中間テストが上手くいったから、期末テストも大丈夫だろうと考えていた。本当だったら上手くいくはずだった。数学の担当教員の大神先生がインフルエンザにならなければ、間違いなく上手くいっていただろう。大神先生が休んだため、大神先生のかわりに数学のテストを担任である五十嵐先生が返却した。
たったそれだけのことだったのに、五十嵐先生は、僕と一条を放課後
「断罪パラドックス」 第24話
二村さんは、図書委員の仕事が終わり次第、話がしたい。とだけメッセージを送ってきていた。図書委員の仕事が永遠に続けばいいのにと思いながら作業に当たったけれど、五十嵐先生が言ったとおり、ある程度一日目で大きな仕分け作業が終わっていたから、午前中で作業が終わってしまった。
作業の終了と同時に二村さんに中庭に呼び出された。中庭に行くと二村さんの後ろから現れたのが一条だった。
どうして、第三者の一
「断罪パラドックス」 第23話
家に帰ると僕はまっすぐ修の部屋に行った。お母さんは夕飯の買い物に行っているらしく、不在だった。好都合だった。修は自分のベッドで仰向けになっていた。こちらをみようともしない修に僕は怒りを覚えた。
「兄さん、さっきのは、なんだったんだ?」
「お前が見た通りだよ」
「痴漢をしてるみたいだった」
「お前にそう見えたんなら、そうなんじゃない? でも、あの子じっとしてたから触られても気にしないんだろ
「断罪パラドックス」 第22話
修が帰ってきた理由が分かったのは皮肉なことに、僕が楽しみにしていた図書室の書庫の整理の日。八月一日だった。
夏休みに学校に来るのは初めてだった。
絶え間ない蝉の声でいっそう暑い校舎を少ない日陰を狙って図書室に向かって歩いた。いつもとは違う学校の雰囲気に意味もなく興奮していた。人がいない教室の窓をなんだか目で確かめてみたりした。図書室についたら、既に数人の図書委員が集合していて、どうするの
「断罪パラドックス」 第21話
お母さんは僕の高校受験の時は下校時間を気にするくらいだった。それは修の大学受験のほうが大変だったからだ。僕の高校入学と同時に修が大学へ進学し、今度は僕の大学受験にお母さんの関心は集中した。
食べるもの飲むものから、睡眠時間まで、家と学校と塾にしかいかないのに、なぜかスマホのGPSもチェックされていた。
僕は見えない鎖で幾重にも縛られているような気分だったけど、それだけならまだよかった。困
「断罪パラドックス」 第20話
第四章 四ノ宮学
学校から歩いて十分の学習塾のカードリーダーに会員証のバーコードを読ませると、お母さんにメールが届く。
――生徒【四ノ宮学】様は入室いたしました。
【入室時間】16:45
お母さんがこの塾に決めたのは、この入室お知らせメールの機能が気に入ったからだと確信している。実際は僕も気に入っているんだ。もし、このシステムがなければ、お母さんは学校からたった十分しかかからない