小説『天使の微笑み』2
第二話 息子の葛藤
「遊馬くん、おかえりなさい。」
美香子は、今年小学校に入学した
一人息子の遊馬の帰りを玄関で迎えた。
「…ただいま。」
「どうしましたか。元気がないように見えます。」
「…。なんでもないよ!おかしいらないから!」
バタン。
今年から遊馬のために作った子ども部屋に入ったきり、
夕飯の時間までリビングに降りてこなかった息子を心配した美香子は、
帰宅した敬悟にそれとなく遊馬の話を聞いてあげて欲しいとお願いした。
幼稚園児の頃は、美香子の側を片時も離れようとしなかった息子が、
最近自分を避けているような気がして、美香子は思い悩んでいた。
トントン。「遊馬、入るぞ。」
子供部屋のドアを開けると、そこには、
泣きそうな、でもどことなく悔しそうな表情をした遊馬が
新調されたデスクに腰かけていた。
「どうした?なんか嫌なことでもあったのか?」
「なんにもないよ。ふつうだもん。」
「…そっか。分かった。お父さん無理には聞かない。
でも話したくなったら、いつでもお父さんに話すんだぞ。」
「…うん。」
親子の会話はその日は、これ以上、弾むことは無かった。
父親が自分の部屋を後にしてから、
遊馬は昼間の出来事を思い返して枕を涙で濡らしていた。
「こいつのかあちゃん、ちてきしょうがいなんだぞ。
うつるんだぞ。きたないきたない。」
なんだよ、ちてきしょうがいって。
おかあさんは、ぼくのあかあさんは、
やさしくていつもおいしいごはんをつくってくれる、
さいこうのおかあさんなんだぞ。なのに、なのに。
どうしてぼくは、こんなよわむしなんだろう。
だいすきなおかあさんをまもりたいのに。
遊馬は、学校で美香子を理由にいじめられていた。
同級生から母親の悪口を言われ、
悲しさと悔しさと同時に、
知的障害がある母親というものを拒絶し始め、
他の同級生の母親たちとどうしても比較してしまう自分に苛立っていた。
ある週末の日曜日、
敬悟の提案で最近、近所に出来たホームセンターに
三人で買い物に出かけた時のことだった。
「おかあさん、ぼくにもつもってあげる。」
「遊馬くん、ありがとうございます。」
美香子の持っていた小さなビニール袋を遊馬が持ちたがった。
美香子は快く手渡した。その時、遊馬を呼ぶ声がした。
「ゆうまくん、こんにちは。おとうさんとあかあさん?」
隣の席の加藤まりんちゃんだ。
「…う、うん。」
遊馬は、とっさに美香子から離れ、少し離れて歩いていた敬悟にすり寄った。
「………。」
無言になる敬悟。
「また、がっこうでね。」
まりんちゃんは屈託のない笑顔で遊馬に話しかけると、
敬悟と美香子にしっかりとお辞儀をして去って行った。
敬悟が怒りを込めて遊馬の腕を掴み、車に乗せた。
慌てて二人を追いかける美香子。
「遊馬、今のは何だ。」
「…。」
「お母さんといる姿を友達に見せられないのか。」
「っだって!…だって、おかあさんは…」
「お母さんは何だ?言ってみろ。」
「ぼくはわるくないっ。わるくなんかないっ。」
ヒートアップする二人に、美香子は静かに言った。
「子供は神様からの贈り物です。大切にしなきゃだめですよ。」
「…。」
「…。」
帰りの車内には、遊馬のお気に入りの
“アンパンマンマーチ”のBGMが、無言の車内に悲しく響いていた。
第二話 息子の葛藤 …END
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