『戦争語彙集』に収められた、代替不可能な「私」の声
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。
2022年2月24日から、間もなく2年となるタイミングで、戦時下の市民の声を集めた書籍を読んだ。
『戦争語彙集』
(作:オスタップ・スリヴィンスキー、訳著:ロバート キャンベル、岩波書店、2023年刊行)
好きな言葉が、たくさんあった。
「好き」なんていうと不謹慎に思われるかもしれない。戦争で苦しんでいる人たちの言葉だ、「重み」のようなものを感じるべきだと。だけど本書で取り上げられた証言の多くは、「生きる」をまっすぐ体現する温かみを纏っている。(もちろん、剥き出しの敵意を隠さない言葉もあるが)
住んでいた場所を追いやられた避難者。
家族や恋人と別れ、たびたび鳴り響く空襲警報に怯える日々。さぞ胸を突くような悲しみや憤りに溢れた言葉が並んでいるかと思いきや、ほんの少しだけ拍子抜けしてしまった。悲しみや怒りの中で、必死に「希望」を見出そうとしている言葉たち。悲しみや怒りがないわけではない。むしろ悲しみや怒りを携えながら、それでも必死で生きることを望んでいる。
イスラム教の祈りを、ウクライナ人が進んで憶えたいという。戦禍でもなければ、このような交流は生まれなかっただろう。
ニュースや統計上で「○○人死亡」として語られるのは、情報(数値)に過ぎない。そこに代替不可能な「私」の感情が言葉として表出されることで、書籍を介して「僕とあなた」のコミュニケーションになる。
まだまだ終わりの見えない戦争、支援疲れという声も聞こえてくる。だけど連帯の気持ちは忘れてはいけない。連帯なんて、実際的な価値は何もないかもしれない。だけどウクライナで自然発生的に折られた折り鶴のように、見えない何かがお互いの心を繋ぎ止めてくれるはずだ。
本書を読んで、そう信じたい気持ちが強くなった。
*
ロバート キャンベルさんは、圧倒的な暴力を前に「言葉は無力ではないか」との考えを否定する。
SNSのタイムラインを眺めていると、他人と分かり合うなんて到底無理ではないかと絶望してしまう。
だけど、そもそも全方向に「良い顔」をする必要はないのだ。まずは自分自身をケアすること。そして余裕があるときには、大切にしたい他者に寄り添い、言葉によってエンパワーメントできたら素晴らしいことじゃないか。
『戦争語彙集』を読むことによって、確かに「戦争の愚かさ」に絶望しかかった。だけど、ウクライナで生活を送る人々は決してユーモアを忘れてはいない。生きるため、幸せに過ごすための活力を自ら探そうと努めている。
そう、こんなふうに。
──
本書では、証言録の日本語訳を担当した日本文学研究者のロバート キャンベルさんによる、ウクライナ取材録も併録されている。
キャンベルさんの温かな視線や、言葉に対する信頼(そして葛藤)も、本書に価値を添えている。
またこちらの動画では、武田砂鉄さんとロバート キャンベルさんの対談が収録されている。『戦争語彙集』に込められた思いが語られているので、併せてチェックしてほしい。
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