いったいハリソン山中とは何者なのか。(新庄耕『地面師たち ファイナル・ベッツ』を読んで)
映画が面白かったから原作を。
という流れで、先日『地面師たち』の小説の感想を記した。
勢いそのままに、2024年7月に刊行された新作『地面師たち ファイナル・ベッツ』も読了。前作のスリリングな展開は変わらない。シンガポール、北海道を舞台に、幅を広くする意欲作に仕上がっている。
『地面師たち ファイナル・ベッツ』
(著者:新庄耕、集英社、2024年)
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前回のnoteで、Netflixと小説では人物描写が異なると記した。
本作は、前作に引き続き登場する主要人物は、ハリソン山中しかいない。ということで、必然「ハリソン山中とは何者なのか」に着目したのだが、やはり全容が掴めぬままだった。
前述の通り、『地面師たち ファイナル・ベッツ』の舞台はシンガポールと北海道(苫小牧、釧路、札幌など)。物語は、ギャンブルで人生を狂わされた稲田という元サッカー選手から始まる。稲田はJリーガーでありながら裏カジノにハマり、所属チームを解雇されてしまう。海外サッカークラブに身を置こうとするも、思惑は外れ、立ち寄ったシンガポールで全財産を失う。そこで出会ったのがハリソン山中で、地面師として新たな不動産詐欺をはたらく一味となる。
出会ったとき、シンガポールでバカラに没頭していた稲田にハリソン山中はこう話し掛ける。
そう告げた後も、なかなかバカラに興じないハリソン山中。その理由を、このように説明する。
今、本書を読み終わると、ここにハリソン山中の哲学が込められているように思う。
作中で、ハリソン山中はことごとくトラブルに襲われる。狙っていた土地は政治の潮流によって没になるし、古くからの付き合いの人物にたかられる。
そもそも今回の仲間は「石洋ハウス」の詐欺のときに比べ、格段に心許ない。前作で心強かった辻本は、いまや刑務所の中。素人同然の稲田を仲間に入れなければならないほど、ハリソン山中は苦しい立場にあった。
だがここまで書いて、実はハリソン山中は「賭け」をしていたのではないかと思い至った。詐欺師のプロ集団として「石洋ハウス」に対峙したが、今回は素人に毛が生えた程度のアマチュア詐欺集団。詐欺を働く金額は200億円を見据える。どう考えても“無理ゲー”だが、それもまたゲームとして楽しんで、厄運を使いながら今回の詐欺事件に臨んだのではないだろうか。
その証拠に(結末に触れるため詳述は避けるが)、ハリソン山中は「極上のエンターテイメントをありがとうございました。またいつかお会いしましょう」という言葉を口にしている。
人生は勝ち負けではない。
私の40年の人生において、「絶対」など何ひとつなかった人生だけど、これだけはいえる。人生は勝ち負けではない。
だが、人生を勝ち負けと捉えている人間たちは、そこそこの割合で存在するものだ。人生を勝ち負けと捉えている人間、そうでない人間と二分するなら、間違いなくハリソン山中も「人生を勝ち負けと捉えている人間」の方に入るだろう。
だが、彼にとっての勝ち負けは、勝ち組とか負け組とか、そういった尺度において測られるものではないのだろう。ギャンブルに喩えるなら、ギャンブルに負けないこと。99回負けてもいいから、大事な1回に勝てばいい。そんなロングスパンで「時間」を味方につけようとしているのではないだろうか。
せっかちな世の中だ。誰もが1分1秒をコスパ良く過ごそうと必死である。
そんな人たちを鼻で笑いながら、きっと今日もどこかでハリソン山中は「大事な1回」に向けて、小さな負けを積み重ねている。小さな負けを痛いとも思っていない男なのだ。それほど怖い人間を、私は他に知らない。
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「前作と今作、どちらが好きか?」と問われたら、私は前作を選ぶ。
積水ハウス地面師詐欺事件を想起させるリアリティの力が大きく、今作は若干ファンタジーの要素が強かったからだ。決してファンタジー作品が悪いわけではなく、ただ「経済×犯罪×サスペンス」といった類の作品の場合、リアリティが強く求められる。
そうすると、今作でハリソン山中が敷いた布陣というのは、どうにも心許ない。「この布陣で200億円の詐欺は無理だろう」と言わざるを得ないのだ。
ハリソン山中という人物の像も掴めぬまま。でも、それは筆者の意図でもあろう。Netflix公開から1ヶ月経っても人気が続いているということで、おそらく小説もシリーズ展開がなされていくはずだ。Netflixはエンタメでいい。だが小説は、とことんリアリティを追求すべきだと私は思う。
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