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沸騰は止まらない、90分間のすさまじいスリル(映画「ボイリング・ポイント 沸騰」を観て)

90分間、ワンショットで映画を撮る。

短い映像であってもインサートカットを多用するのが当然といわれている時代に、一切のカットを挟まずにこれほど昂揚できる映像が撮れるなんて。

それは「レストランの厨房」という、息つく暇もないような環境だからこそともいえる。だが、テーマだけで成立するほど「映画」は甘い世界ではない。撮影を手掛けたマシュー・ルイスさんの力量に加え、全てのスタッフとキャストの総力が結実したことで最高の作品を生み出したといえるだろう。

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物語としてのクオリティの高さ

この映画は、90分間のワンショットで撮影されたというところがフィーチャーされがちだ。だが作品はスリリングかつ、ちょっとしたサスペンスの要素もあることで物語としての完成度も高い。

物語は主人公のアンディを中心で動いていくが、副料理長のカーリーや、コックのフリーマン、ホール支配人のベス、レストラン客(アンディの元同僚)のアリステアなど、様々な関係者の思惑も混じる。

繰り返しになるが、それを90分間のワンショットという真っ直ぐな動線で描いている。クリスマスのレストランの多忙さと相まって、非常にカオティックなシーンが続く。「彼や彼女は、こんな重荷を背負っていたのか」といったネタバラシもあって、忙しく登場人物に肩入れしてしまう。

それが映画のカタルシスに繋がるのだ。

イギリス国民を取り巻く厳しい環境

家賃も電気代も高騰し続け、ついにはボリス・ジョンソン首相も辞任する。なかなかイギリスを取り巻く環境は厳しいが、それは高級レストランで腕をふるうオーナー兼料理長のアンディにとっても例外ではない。

常に金に困り(3,000万円の借金を背負っている)、別居中の妻子との関係も悪い。クリスマスという繁忙日にもかかわらず、寝坊するは、仕事中のプライベートの電話に応答するは、「うまくいかない」男という悪循環に陥っている。

ただそれは、アンディだけがプレッシャーを負うべきとも僕には思えなかった。冒頭では衛生監視官の抜き打ち検査のシーンがあり、杜撰さを指摘されて店の安全評価を下げられてしまう。インフルエンサーやレストラン批評家の来訪に苦慮する。高級レストランといえども、リソースはギリギリで、新人スタッフのミスにも対応しなければならない。

ひとときも心を休める状況を得られないアンディ、なのに生活は楽にならないという事実。アンディだけでなく、厨房を仕切る副料理長も同様で、給料の安さ&待遇の悪さに辟易している。

ただ働いているだけなのに、どうして生活は苦しいのか。テクノロジーは進化したのに、どうしてこんな社会になってしまったのか。

においだけは描けない

個人的に本作のポイントは「におい」だと思っている。

「におい」を、映画で撮ることはできない。美味しそうな料理がたくさん登場するため抜群のシズル感はありつつ。

終盤のとあるシーンで「ああ、そうか。『このにおい』は映画では直接感じることはできないよな」と気付くことができる。

アンディが背負ってきた重荷と、それを凌ぐために行なってきた行動。それが明らかになって、アンディの理不尽な行動(新人シェフを怒鳴ったり、副料理長のクレームに真摯に応えなかったり)に得心してしまう。

決してハッピーエンドではないのは、これがイギリスの現在を生々しく映しているからだろう。イギリスの国民の生活はちっとも良くなっておらず、それが映画から痛々しいほど伝わってくるのだ。

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ぜひその辺りにも注目いただきながら、映画館でスリリングな90分間を楽しんでもらえたら。

一部で話題になっていたが、なんとか映画館で鑑賞することができて本当に良かった。これから「長回し」の映画にも出会っていくだろうが、本作がある意味で基準となることは間違いない。手法としての「ボイリング・ポイント」を超えるような作品に出会うことは、なかなか想像はつかない

(映画館で観ました)

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ほりそう / 堀 聡太
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