中絶禁止を正当化する前に。(ガブリエル・ブレア『射精責任』を読んで)
誰も語りたがらない性交について。
若かりし自分にも読ませたかった一冊だ。まだ息子は未就学児だが、いつか本書を手渡せたらと思う。
ガブリエル・ブレア『射精責任』(太田出版、2023年刊行)
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射精責任。なんと刺激的なタイトルだろうか。
だが決して誇張ではない。本書を読み終わって僕がイメージしたのは、男性の性器が剣に模したような風刺画だった。剣は、当然ながら他者を傷つける可能性がある。男性の性器(つまりペニスのことだ)が、決して少なくない女性をこれまで傷つけてきた事実に正直嫌悪すら覚えた。
年間12万6,174件。(2021年度)
これが何かというと、日本国内における中絶手術の実施数だ。もちろん中絶には様々な背景がある。だがこの多くは「望まない妊娠」によるものだ。男性が適切な避妊を行なわなかったせいで、1日あたり345人の女性が中絶手術を行なっている。日本で行われる初期中絶は「手術のみ」で、2015年は、掻爬法単独で約3割、掻爬法と吸引法の併用が約5割、吸引法が約2割という形で実施されている。
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本書は、作家でありブロガー、デザイナーのフランス在住アメリカ人著者が、2018年9月14日にツイートした自身の63投稿が話題になったのをきっかけに作られたものだ。
中絶は、「(女性の)中絶は倫理的に良くない」「望まない妊娠もあるわけだ、女性が中絶できる権利を認めるべきだ」といった女性の権利あるいは自由の問題として語られることが多かった。妊娠・出産は言うまでもなく、男女問わず人生における大きな出来事だ。中絶が禁止となれば、子どもを育てる経済力のない人にとって死活問題となる。当人は当然ながら、生まれてくる子どもも「悲劇」となりかねない。
さらなる悲劇は、この問題が事情を知らない(あるいは意図的に無視している)政治家たちによって議論され、ないし政争の具にされているということだ。本当に嘆かわしいことである。
しかしそういった背景をひと飛びもふた飛びも超えて、ガブリエル・ブレアさんはこのように喝破する。
「望まない妊娠は、男性が無責任に射精した場合にのみ起きる」と。
つまり、本書を読むべきは男性だ。
そして中絶の問題を加害性の観点からしっかりと考えるべきだ。
自らの射精が他者の生命(相手、そして胎児)や人生設計に影響を及ぼすこと。何より女性を深く傷つける可能性があることに自覚的になるべきと本書は説く。そういった意味で「ガイドブック」的な一冊といえる。
女性の自由が議論の俎上に上がるだけでは不十分。男性の加害性を含めて考えなければ、中絶に関する問題はこの先発展していかないだろう。
だがこれは、中絶の権利で揺れるアメリカだけの問題ではない。
実は中絶は「堕胎罪」として見做されている日本にも、ことの本質が理解されぬまま場当たり的な政策が続けられている。(上述の通り中絶は行なわれているが、いちおう例外処置として認められるという体になっている)
さて、この件について。
僕は、これを「みんな」の問題だと主語を大きくする必要はないと思っている。
このポストを読んでいる男性の「あなた」の問題なのだ。深く肝に銘じるべきだし、可能ならば読んだ男性同士で議論を深めてもらいたい。
僕もこうしてnoteに書いて、少しでも本書に関心を持つ人が増えてほしいと願っている。