これがOJTの基本!なぜ”待ち”や”受け身”な学習者を生むのか?
企業研修で受講者たちと対話すると、必ず挙がる問題の一つにOJTがあります。人が人を育成するというプロセスは、どんなに科学技術が発展しても無くならない仕事であり、いつの時代も経営の根幹を成すことは確かでしょう。
しかし、OJTについて明るい話題は多くありません。むしろ「OJTをやるのが苦痛だ」「学習者が思ったように成長しない」といった声があるだけでなく、「OJTをやっていなければもっと充実した仕事ができたのかもしれない」といったマイナス意見が多く聞かれます。
OJTは苦役や重荷なのでしょうか。決して違います。OJTとは教える側も教わる側も成長を実感できる仕組みであり、個人のキャリアと会社の成長を同時実現させる素晴らしいプロセスです。
本コラムではOJTにまつわる問題点を指摘した後に、あるべきOJTの仕掛けと姿を論じていきます。目指すは「学習者が自ら学ぶ」職場づくりです。
「とにかく見て学べ」の弊害
ある調査によると、コロナ前のOJTで最も多いシーンは「見て学ぶ」というものでした。つまり、多くの企業において、OJTとは現場を「見る」ことが大前提であり、その体験を通じて「学ぶ」というものでした。
ところが、働き方は大きく変わります。リモートワークのみならず、多様な働き方や前例の無い仕事が増えてきた昨今、「まずは見る」という前提であったはずのプロセスが機能しなくなりつつあります。そこから派生するOJTの問題を3つ取り上げます。
1.見ることができない
OJTや新入社員と研修で対話すると、真っ先に挙がる問題が「見ることができない」です。
例えば人材不足が叫ばれるIT系の会社では、先輩のプロセスを見ることなく即戦力として仕事がアサインされます。
基礎知識や専門用語の多い建設系、技術系の会社では半年以上にも及ぶ研修が続き、現場を見ることができません。また、現場にアサインされたとしても細かなタスク処理のみがアサインされ、現場を見ることができないと聞きます。
この場合の見るとはなんでしょうか?
それは「仕事が流れる全体像を理解する」ことです。
一方で会社が学習者の負荷を避ける狙いで配慮したつもりが、かえって仕事の全体像を分断させ、わからなくしている現状が多くあります。
例えリモートであっても、専門知識を集中的に覚える期間であっても、仕事の全体像を見て理解するための機会を設計することは不可欠です。
2.何をみたらいいのかがわからない
では現場を見ることができる場合、問題は解決されるのでしょうか?そこにも問題は潜みます。それは、学習者が仕事の何を見るべきなのか、観点がわからないという問題です。
例えば製造現場のOJTである先輩社員が「仕事を見てください」と言います。先輩社員は怪我なく仕事を進めるための手つきや、必要な計器に目を配らせます。一方で、学習者は刻々と形を変えるプロダクトに目を配らせます。
その後、私がOJT研修で禁句としている一言が、OJTから発せられます。
この「大丈夫」にはさまざまな意味が込められています。
プロセスを見て流れを掴んだか?
怪我をしないための手つきはわかったか?
見るべき計器は覚えたか?
この後一人でやっても差し支えないか?
しかし、こうした具体を確認しないまま、後輩社員はこう答えます。
上記の4項目のうち、1つでも理解が怪しい場合は質問して確認すべきです。しかし「大丈夫?」という言葉は、問われた人から「大丈夫だ」という安易な合意を誘発する魔力があります。したがって、ミスや事故の元となりうるのです。
OJTは見るべき観点を伝える努力が必要です。何より、「大丈夫?」は禁句にしましょう。
3.真似しようにもわからない
仕事の流れを見て、見るべき観点も付与された学習者にとって、最後の壁は「真似のしようがない」というものです。
「見様見真似」「真似ぶ」という言葉があります。学ぶとは模倣であるとの示唆です。しかし、学生のクラブ活動などを拝見すると、真似することの重要性が、過去と比べて相対的に下がっているように思えます。
その理由はスマホ一つで手軽に情報が集まるようになったからでしょう。
X(旧Twitter)やYouTubeに必要なワードを検索すれば、手軽に手本となる情報が手に入ります。情報が多岐に溢れたことによって、提供されている情報が、曖昧で疑問がつくようなものも出回るようになりました。なかにはアクセス数の上昇を狙った、根拠や再現性のない情報もあります。
こうした情報の氾濫により、学習者は知ったことで満足してしまう面が多くなりました。相対的に真似することで本質を汲み取る行動が弱くなってしまったのだろうと考えます。会社の現場において先輩が手本を示したとしても、知ったことで満足してしまう人が増えています。
OJTのゴールは「自ら学ぶ関係」
OJTにまつわる3つの問題を分析してきました。ここからは、そうした問題に対してどのようなソリューションが必要なのかを論じていきます。
そこで重要になるのが、OJTのやり方よりも、OJTは何を目指しているのかというゴール像です。
話題は逸れますが、人材育成・人材開発で重要なことは「ありたい人材・組織像」です。これを設定しないことは、例えば行き先のないバスに乗ることや、卒業要件がわからない大学に通うことと変わりはありません。それにもかかわらず、「ありたい姿はわからない」として施策に走る場面を数多く見てきました。
本コラムの読者にとって、自己決定が重要であることは説明するまでもないでしょう。OJTも、やり方の前にゴール像の明示が欠かせません。
そこで提案しているのが、
というものです。
OJTは正しいことだけを教える存在ではありません。まして、偉い存在でも、間違ってはいけない存在でもありません。OJTにもわからないことや間違いはたくさんあって然るべきです。
ときには不明点を学習者と対話し、共に学ぶ姿勢が重要であると考えます。前提が通用しない不確実なVUCA時代である今こそ、OJTが謙虚に問い合う姿勢が最適でしょう。
その謙虚な学ぶ姿勢に感化され、学習者も不明点や仮説を自ら構築し、OJTと共に学ぶのです。これが「自ら学ぶ関係」です。その鍵はOJTのスキルよりも、OJTのスタンスにあるのではないのでしょうか。そのスタンスを醸成する要素の一つに、くどいようですがOJTは何を目指しているのかという、ありたいOJT像が欠かせないのです。
自ら学ぶ関係を作るOJTの4ステップ
自ら学ぶ関係を作るために、OJTの4ステップを提案します。実践的で、尚且つ現場に浸透させやすいフレームです。ここからは各ステップについて要点をご紹介します。
1.話し合う
まずOJTを始める際に欠かせないことが「話し合う」です。例えば担当してほしい役割や、これからの作業の行程についてです。
ただ、それらはやり方の話であって、学習者に必要なことは目的と、学んだ後の姿です。
この中で特に難しいのが目的(WHY)です。研修では簡単な例をもとに目的を伝える練習します。
卵焼きの焼き方は教えることが簡単でも、なぜあなたに卵焼きを作ってほしいのかという目的(WHY)は、なかなか言葉にすることが難しいものです。しかし、この目的(WHY)こそが学習者にとっての動機づけです。「話し合う」セクションでは、OJTが学習者に学ぶ目的と、どのようになってほしいのかを伝える練習を重ねます。
2.やってみせる
OJTの4ステップの中で最も省略されてしまうパートが「やってみせる」です。OJTにおいて「見る」ことの重要性は先述のとおりです。しかし、「やってみせる」が抜けてしまう理由には何があるのでしょうか。
1つ目に、「伝えたことはわかっているはずだ」という、OJT側の甘えです。伝えたことと伝わったことは違うという考えに基づき、相手が理解や納得していることを確認する努力をしましょう。
2つ目に、「やってみればわかる」という、経験学習への過度な依存です。確かにやらなければわからないことは多々あります。しかし、お手本を真似ぶことなく「やった」ことには不安や戸惑いがつきものです。そこに是正のフィードバックをかけられたところで、学習者にとっては何をどう変えたら良いのか迷うばかりです。
3つ目に、学習者にとっては情報過多になりがちという問題があります。実際に企業のOJTの場面に臨床すると、学習者に一度に膨大な量の情報が提供されることがあります。ところが、学習者にとっては、その膨大な情報こそが正しいものであり、解釈や理解ができないことは劣等感や申し訳なさを生み出します。ただ、学習者が戸惑いや萎縮を感じ、OJTが平然と情報提供を繰り返す姿は「自ら学ぶ関係」に反します。膨大な情報を翻訳して学習者が実践に移るためにも、「やってみせる」は重要なプロセスなのです。
したがって重要なプロセスの1つをやってみせることは、学習者の自律を助けます。例えば、
「見る」ことで、学習者自身が成功体験や課題に気づことができます。OJTの計画に「やってみせる」を取り入れて、学習者が自立するサポートをしていきましょう。
3.やってもらう
いよいよ学習者自身に挑戦してもらうフェーズが「やってもらう」です。ここで重要なことは行動を観察することです。なぜなら、最後に4.フィードバックがあります。フィードバックの項で触れますが、フィードバックとは行動について言及するものであり、決して性格や信条などに触れてはいけません。となると、行動について情報を集めることが欠かせません。
一方で、学習者自身に行動してもらう際にやりがちなミスは以下の通りです。
特に”やってあげて”しまうは、昨今の働き方改革などの文脈でせざるを得ない対応になりつつあります。メンバーの負荷を減らすことで、働きがいが向上するのではないかと期待する企業もあります。
ただ、組織開発を実践する身として感化できなアンケート結果があります。それは、多くの企業において、「仕事を任せてもらえない」という要素が、エンゲージメントを下げていることです。
仕事が多すぎるよりも、仕事が無くて手持ち無沙汰である事象。これこそが働く意欲を欠き、安易な転職などを生んでいます。つまり、「仕事の負荷を減らせば相手は喜ぶはずだ」というのは、上司側の一方的な思い込みであるかもしれないのです。
仕事を任せて完遂させ、一通りのプロセスを行動観察することそこ、学習者のためであり、企業の成長に欠かせないことを忘れてはなりません。
4.フィードバック
OJTの4ステップの最後はフィードバックです。ただ、フィードバックを苦手としているOJTや管理職は多くいます。その理由は以下の通りです。
こうした心配が出ることも理解できます。しかし、人材開発におけるフィードバックの原理原則を確認しないと、こうした不安によってフィードバックが怖いものに見えてしまうのです。
私たちはフィードバックについてこのようにご案内します。
つまり、フィードバックは行動に対してのみ行うものです。したがって、目上の人や社長に対してもフィードバックはかけられるものです。
一方で、フィードバックは年齢や立場が下の人にしかかけてはならないといった認識が少しでもあれば、誤解があるのかもしれません。
誰でもより良い行動があり、それは当の本人では分かり得ないものです。フィードバックの原理原則を学び、誰に対してもより良い行動を生み出すためのフィードバックがかけられるように練習しましょう。
研修よりも大事なこと
ここまで、OJTの4ステップについて、私たちが研修の中でお伝えしている内容を紹介しました。実際の研修ではより詳細な自己分析や、ロールプレイを通じた自己理解、実践課題の言語化を行います。
ところで、研修を行うと決まって出てくる問いの一つに、「研修で学んだことを実行継続させるためにはどうしたらいいのか」というものがあります。極めて本質的で重要な問いです。OJTの学習であれば、現場実践抜きにしてOJTの成功はあり得ません。そこで、OJTが現場で実行、継続、浸透するための3つの考えについて示していきます。
1.ありたい人材像は明確ですか?
繰り返し述べている通り、ありたい姿の設定無くして人材開発はあり得ません。そこでありたい人材像とはどのように設定すべきかのヒントをお伝えします。
まず、ありたい事業の姿を言語化します。5年後、10年後には外部環境がどのように変わり、何を競争優位性として価値提供しているのでしょうか。この事業の姿はかず多く議論されており、日々の生産や営業活動に反映されていることでしょう。
ところが、5年、10年の事業の姿に対して、人材・組織の姿が30年前のままということが少なくありません。評価指標が不変であることはさておき、リーダー像や採用基準も30年前のままであることが少なくありません。ここに事業と人材組織のずれが生じます。
推奨することは、事業の姿に合わせて人材・組織の姿もマイナーチェンジすること。その話し合いを、人事と現場のマネジャーが対話し、人材・組織ビジョンを更新し続けることです。
2.リソースは社内にありますか?
ありたい人材・組織像が更新できたらOJTの出番です。しかし、OJTを実施するためには外せない条件があります。それは
2.を限りなく少なくするために、OJT研修での学び直しや、OJT同士のメンタリングが欠かせません。見落としがちなのが1.の確認です。
例えば、教えるためのマニュアルが整備されていなかったり、マニュアルが多すぎてOJT自身が把握できない量になっていたり、そもそも指導不可能な領域を学習者に提供していると言ったことが散見されます。
指導リソースであるマニュアルを精査して必要なものを絞り込みましょう。また、自社内で実現不可能なことは学習者ではなく、外部の専門家にアウトソースしましょう。こうした環境整備を行うことも、OJTが自律的に機能するために欠かせません。
3.OJTの成長実感を言語化する計画がありますか?
OJTの成果とは、OJT自身の成長実感であると言っても過言ではありません。お付き合いをした多くの人事が、
とおっしゃっています。
ということは、OJTが自身の取り組みを振り返り、成長実感を言語化することは必須施策となります。したがって、フォローアップ研修やフォローアップコーチングを設けることや、上司やOJTのメンターと共に進捗と成果を振り返る施策を計画しましょう。
OJT導入研修だけを行い、OJT期間が過ぎたらフェードアウトする。これはOJTと会社の双方にとって極めてもったいない”経験の垂れ流し”であるのです。
OJTこそ人的資本経営の根幹だ
ここまでOJTの問題点、学習のポイント、施策の設計について論じてきました。最後に、人的資本経営について触れて考察を閉じたいと思います。
人的資本経営の重要性が声高に言われています。資本というからには、資産形成が欠かせません。では、会社にとって人的資産とはなんでしょうか?
それは社員一人一人の成長実感や持論です。つまりOJTの4ステップの通り、一通りのプロセスをやってみて、得られた知見のことです。ということは、OJTが「OJTをやって成長できた」と感じられるような準備と整備を行うこと。これこそが人的資本経営の具体的なプロセスの一つになりうるでしょう。
流行り言葉で終わらない、地に足のついた人事施策が求められています。
御社のOJTが、自ら学ぶ関係を生み出し、会社の未来を形作る求心力として活躍されることを、心からお祈りしております。
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