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掌編:転生先はハチミツでした
♪ ハチミツ はちみつ
何かの替え歌だと認識しつつも、まだ眠い。
(弾む歌声の主は誰だったかな)思いつつも、微睡みにいると、足の方から地鳴りがして衝撃が走る。
目を開くと見覚えのない台所で、頭上へ圧が掛かる。「何事」と身体を動かそうにも、どこを動かして良いのか、まどろっこしくて、正面を凝視して、自分が瓶詰めにされた状態だと分かった。
最期の記憶は、たしか、橋の上。
群青色の空へ白菊が咲いたかのような見事な大輪、
ボロボロと流れる音と花火が垂れていくとき、後ろから肘みたいな硬いもので突かれて、自分が真っ逆さまになったシーンだ。
自分しか居なかったはずの橋の上を自転車が素通りしていき、荷台にふくよかな短い脚が見えた気がした。
あれはカップルだ。
恋は盲目というから、人を蹴飛ばしても故意ではないので見えてなかったのかもしれない。
だとして、自分が死亡して、生まれ変わったらハチミツだったなど聞いたことがないんだが、これはバチが当たったのか何なのか。
よく聞くのは、虫や動物に生まれ変わる。転生令嬢は何回も目にした。はっきりと成形したものへの生まれ変わりが定番だとして
「ハチミツ? そんな話、聞いたことねぇぞ」
持ち上げられて、少し頭がスゥスゥする。散髪とは感覚が違う、自分は減った気がする。
また圧をかけられて、遠慮もなく尻から落とされると
「コイツ、雑だな」
インスタに載せられるような丁寧な暮らしはここにない。
棚に仕舞われ、真っ暗でどこを見てもつまらない。
最初は暇で、花火を見た夜の出来事を回想しながら、結局、自分は事故か事件かどっちで死んだのかを考え尽くしても、答えは出ない。でも、あの蹴りはどう考えても、わざとだっただろ。
時間の間隔が長く感じられて、扉が開くのは朝と晩だというのだけは分かる。しかし、季節やその他の環境がさっぱり掴めない。
甘いハチミツで居るのが自分の役目なら、寝ているだけで上等かぁ、当たり……いや、本当にラッキーなのか⁈
「まあ、どうでもいいや」
次第にダイエットをしなくても少しずつ、身体が減っていき、高い空間が自分の寿命を伝えてくる。
頭を二杯、三杯と掬われ
「おーい、貴様、デブるぞ!
というか、本気で減らすのを止めてくれや」
減ることへの焦燥感や自分の意思では変えられない虚しさを毎日繰り返しながら、老化しなくても諦めの境地にいる自分は、どうしてハチミツに生まれ変わったのかさえ、考えなくなった。
寝て、消耗するだけの人生だったが、上司に怯えながら、日々、自分の至らなさに神経が擦り減るよりマシかなと思えてきた。
どうせ消えるなら、トーストにでも塗ってくれ。