1984年の萩尾望都〜世界が広がるターニング・ポイント(その2)
(承前)
そもそも、このようなタイトルで何か書こうと思ったきっかけは、「プチフラワー」1984年1月号に掲載された傑作「半神」です。この作品で始まる1984年をリアルタイムでフォローできていなかったことに対する、リベンジのような試みです。
尚、これから紹介する各作品の収録単行本は、「萩尾望都作品目録」もご参照下さい。
萩尾望都の1984年は、野田秀樹が舞台化もしたこの名作で始まります。扉絵をめくった最初のページはこうです。
<わたしには双子の妹がいます そのおかげでわたしの一生はめちゃめちゃです 妹はとても美しいのです 私たちは一卵性で 腰のあたりでくっついていて はなれられないのです>
美しい妹と、醜い容貌の“わたし“は、シャム双生児〜結合双生児として冒頭に登場します。このページを見た瞬間、先を読まずにはいられなくなるでしょう。
わずか16ページの作品の中には、多くのことが凝縮されています。姉妹の関係、親子の関係、近親に対する愛情と憎悪、特異な状況の中で描かれつつ、現実との乖離を感じさせないところが素晴らしい作品です。
「プチフラワー」2月号は作品の掲載はなかったのですが、3月号に「エッグ・スタンド」が発表されます。前作の16ページにアイデアと感性が凝縮された「半神」とは打って変わって100ページの作品、ストーリーテラーとしての才能が光る中編。しかも、これまた深い深い内容。
舞台は第二次世界大戦中、ドイツ占領下のパリ。ルイーズはドイツ兵を楽しませるキャバレーで働き、彼らに春を売る。彼女のもとに転がりこんできた少年ラウル、彼もまたルイーズ同様、戦時下で生き抜くための行動を取っているのですが、ルイーズとは違った闇を抱えている様子。
ラウルはドイツ人の男性客に問いかける。「人殺しってどんな気分? 戦争ってどんな気分」。ルイーズとラウルに、レジスタンス活動家がからみ、戦争、殺人、そして「半神」とはまた違った形で親子の問題が提示されます。
「半神」、「エッグ・スタンド」という傑作二連発で、萩尾望都の1984年は十二分な成果を挙げたと言えると思います。いや、この二作の表現する力により、マンガ史に残る作品を世に出したと言っても過言ではないと思います。
しかし、彼女はとどまることを知らず、1980年から描きつないできたシリーズ「メッシュ」を完結させるのです。
(続く)