著…貴志祐介『黒い家』
「これは怖い小説だ」と承知の上で、むしろ怖いことを期待して読み始めたくせに、途中から「怖すぎる!」と文句を言いたくなる作品。
※注意
以下の文にはネタバレを含みます。
主人公・若槻慎二は生命保険会社に勤めている男性。
既契約について保険金の支払い等を担当しています。
彼はある日、一人の契約者に自宅へ来るよう呼ばれます。
それが「黒い家」。
その家の中で、彼は子どもの首吊り死体を発見します。
子どもは契約者の義理の子どもで、自殺ということです。
しかし、彼は「この子は自殺したのではない」とピンときます。
家の中の尋常でない臭気と黒さ、契約者(以下「相手」)の芝居がかった言動。
金銭的に余裕がないのに高額な保険に家族全員が入っていること。
しかも、子どもの遺体を発見した時、相手は遺体ではなく彼を見ていたのです。
何かがおかしい。
他殺という証拠はないけれど、彼は確信します。
保険金殺人だ、と。
彼と相手との対決が始まります。
しかし、相手が悪すぎます。
相手は人間ですが、得体の知れない黒いもの。
心が無いのです。
彼は相手を「蜘蛛」であると解釈しました。
蜘蛛は肉食です。
獲物にも、食事を邪魔するものにも、情けなどかけません。
巣にかかるようおびき寄せ、もがけばもがくほど網に絡まっていくのを見て、相手は嗤うのです。
わたしはこの小説を読んでいるうちに気持ちがすっかり主人公と同化してしまって、彼が息を殺して身を隠すシーンでは身じろぎすることができませんでした。
文章から伝わる殺気。
臭い。
どすん、どすんという足音。
ぎらぎらと光る包丁。
悲鳴をあげることも出来ない。
動けば見つかってしまう。
得体の知れない黒いものに。
…という恐怖にかられながらも、続きが気になって、わたしは息を止めながらこの小説を読みました。
20年以上前に出版された小説なので、2022年現在読み返すとどうしても内容に古い点も散見されますが、現在ほど「サイコパス」という言葉が一般的では無かった時代に、人間の底知れぬ狂気と、罪を犯す人間を怪物と捉えることの恐ろしさ、その矛盾をも描いた物凄い作品だと思います。