著…横溝正史『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』
次々と殺人事件が起きるのも怖いけれど、殺人犯の周りの人々の心理にも戦慄する小説。
特に、恋人がいるにもかかわらず、全く好きではない上に妻子持ちの男性から一方的に好意をぶつけられ、拉致監禁と性暴力に苛まれている女性を助けもせず、「男が暴れると厄介だから」という理由で女性に男の妾になることを無理やり承知させ、その後も男の異常な執着と暴力に耐えかねて女性が逃亡をはかる度、男に詫びを入れて女性を男のもとに連れ帰す…、そんな周りの人々が怖い!
ついに女性が遠くへ逃げおおせた時、女性が帰って来ないことに腹を立てた男がとんでもない大量殺戮事件を起こしたため、周りの人々は「彼女さえ機嫌を取っていたらこんなことにはならなかったのに」と女性を逆恨みし続けています。
ハァ!?
ちょっと何言ってるか分からない!
男に家族を殺された人々が女性を逆恨みする気持ちには同情しなくもないですが…、その前に自分たちが間接的に女性の心と体をどれほど殺し続けたかという反省が周りの人々から全く出てこないのも怖い!
男が何をしているか知らなかったならいざ知らず、知っていながら女性を生贄にしていたわけですよね、周りの人々は?
この小説が書かれた当時は「女性は耐えて当たり前」の時代だったのでしょうか…?
そうだとしても、なんと陰湿な!
少数に犠牲を強いることによって多数が幸せになろうとしても、そんな歪んだ状態はいつか必ず破綻する…ということがこの小説から伝わってきます。
そんな異常な男なら、もし女性がどんなに機嫌をうかがっていたとしても、いずれ大暴走していたでしょう。
なのに周りの人々は女性を見殺しにしていた…。
この小説に登場する殺人犯たちが狂っているのは勿論、周りの人々にも真っ暗な悪意を感じます。
この小説には他にも人間の「自分さえ良ければ他人はどうなっても良い」といった生々しい心理が描かれていてゾッとします。