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著…夢枕獏『陰陽師』

 優しい言葉と、恐ろしい言葉。

 そのどちらがより強い力を持っているのか、考えさせてくれる小説。


 ⭐️単行本版


 ※注意
 以下の文は、結末までは明かしませんが、ネタバレを含みます。



 あさましい姿と成ったものたちに、晴明は優しい言葉を囁きます。

 優しい呪(しゅ)が一番効くのだ、と言って。

 例えば、羅城門の上で琵琶を弾いていた鬼に。

 その鬼はかつての妻の生まれ変わりと思しき女性と出逢いました。

 鬼は女性に焦がれながらも、我がものにしてはならない、と決めていました。

 自分は人の身ではないから。

 鬼は夜毎、琵琶を奏でました。

 女性の名前を呼びながら。

 けれど鬼は人に欺かれた結果…、その女性を喰べてしまいました。

 鬼は血の涙を流して哭きました。

 矢を射られても、首だけになっても、鬼は憎悪と哀しみを人に向けました。

 晴明は鬼の首に言いました。

 優しい声で。

「あの琵琶の音はよかったなあ――」

(著…夢枕獏『陰陽師』文庫本版P77から引用)

 と。

 鬼は眼を閉じ…、やがてその首は白骨になりました。

 晴明は鬼を琵琶に移してやったのでした。

 きっと鬼がそう望んだのでしょう。

 人を憎み泣くよりも、愛する人のために歌うことを。

 晴明はそんな異形の哀れを知っています。

 だからこそ、晴明は不思議な力を操ることが出来るのでしょう。

 どうにもならない、たとえようのないその苦しみを知っているから。

 だから優しい言葉をかけてあげられるのでしょう。


 また、『蟇』という章で、晴明が博雅と共に異界へ入り込むエピソードも印象的です。

 博雅は晴明に、口を利いてはならない、と言われていました。

 しかし、首のない夫婦の話を黙って聞いているうちに、博雅は「哀れな…」と呟いてしまいました。

 すると、鬼たちが晴明と博雅に襲いかかりました。

 その後の晴明の機転で、晴明も博雅も無事に人の世へ帰って来ることができました。

 が、もしも博雅が呟いたのが「哀れな…」ではなかったら?

 鬼を恐れる言葉だったら?

 或いは、鬼を嘲ったり責めたりするような言葉だったら?

 どんなやり方をしたとしても、無事に帰っては来られなかったかもしれませんよね…。



 〈こういう方におすすめ〉
 言葉というものが良くも悪くも持つ力に関心がある方。

 〈読書所要時間の目安〉
 2時間くらい。

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