第三回ほんま大賞によせて
本日はご来店ありがとうございます。
当店で文芸書を担当しております本間です。今日は、やっとこさ発表出来た第三回ほんま大賞『滅びの前のシャングリラ』について、ネタバレにはならないよう極力気を付けながら、思いの丈を綴っていきたいと思います。
世界は、一瞬でひっくり返る。
これは私のお友達書店員である、平和書店TSUTAYAアルプラザ城陽店の奥田さんが、この本のフリーペーパーを作成された際に寄せていたコメントです。(フリーペーパーまだまだ配布中ですので是非お持ち下さい。クオリティ高すぎて、中央公論新社さんのホームページでも公開されています)
まさに今、一瞬でひっくり返ってしまった世界を、私たちは生きています。
2019年11月22日、「原因不明のウィルス性肺炎」として初めて認識された小さなウィルスは、あっという間に世界を変えてしまいました。
感染拡大を防ぐため、栄の国祭りも、バルーンフェスティバルも、予定されていたありとあらゆるイベントが中止になりました。マスクを着用するので半分しかメイクをしない毎日も、どんなお店に行っても、物々しいビニールシートやアクリル板で人と人とが隔てられた光景も、すっかり日常に溶け込んでしまいました。「これ、いつまでしなきゃいけないんだろうね」と苦笑しながら、ビニールシートをレジカウンターに取り付けた日のこと、今でもはっきりと覚えています。
小説はフィクションです。
しかし、フィクションのはずの小説が、不思議と自分の現実とリンクしてくる瞬間があります。
『滅びの~』を読んだ時、まさにコロナで変わってしまった世界を、何とか納得して、とぼとぼ歩き始めたくらいだった私は震えました。
これは今読むべくして、この世に送り出される本なのだと、そう確信しました。物語自体は、コロナ禍以前から書かれていたというから、本当に不思議で、ぜーんぜん信心深くない私でも、巡りあわせ……何だか、”運命”めいたものを感じてしまいます。
思えば、第一回のほんま大賞『そして、バトンは渡された』を読んだ時もそうでした。
あの時はちょうど虐待のニュース報道が、連日ワイドショーを騒がせていて。義理の父親と実母からひどい虐待を受けて命を落としてしまった一人の少女のニュースに、行き場のない、やるせない気持ちを抱いていた私は、『バトン』に出会って強く思いました。これをみんな読んでくれ。これを読んでくれたなら、世の中が変わるかも知れない、と。
第二回ほんま大賞の『熱源』を読んだのも、加熱するヘイト報道にうんざりしていた頃でした。民族を超え、人種を超え、一人の「人間」と「人間」として、登場人物たちが手を取り合う姿がかっこよくて、逞しくて、そして何よりも、ただ羨ましくて。みんなに知ってほしい、読んで欲しいと強く思いました。
『滅びの前のシャングリラ』は、フィクション中のフィクションです。
いやぁもう、びっくりするほどのド・フィクションです。
“一か月後、地球に小惑星が落下して、人類の八割が死滅する”
そんな世界。
えっ、SFなの……?粗筋を読んで、これまでじっくりと「人と人との繋がり」を紡いできた凪良さんの作風を思うに、ちょっと無理があるのでは……そう感じてしまったことを正直に白状します。ごめんなさい。
しかし、小惑星がどうのとか、どこに落下したら人類の八割が死滅するのに説得力を持たせられるかとか、そんな専門的な知識ではなくて、一か月後に自分が、そして自分が大切にしてきたすべてが壊れてしまうのだとしたら、人はどうなってしまうのかを丁寧に仔細に描くことで、凪良さんはこの虚構の世界を驚くほどの解像度で、目を覆いたくなるほどの鮮やかさでもって成立させました。小説は、「人」が書ければ何でも書けるんだと、改めて気付かされた体験でもありました。
映らなくなるテレビも、途端に機能しなくなる社会も、あちこちで暴動や略奪が起こり、終末を待たずして路傍でくしゃくしゃになって死んでゆく人たちの悲惨さも、全てが圧倒的にリアルでした。この世界でどう生きるか、誰を守るか、自分は何を果たせるのか。私はこの場面で、自分を守るために知らない人を傷付けることが出来るのか、出来ずに死んでゆくのか……夢中になって物語を追いながら、どこか冷静に、そんな取捨選択を繰り返したりもしました。間違いなく私は、この本の世界を生きました。
そして迎える、ラストシーン。
これがフィクションだと、その見事さに、読み終えた時にでっかい声で叫びたい衝動に駆られました。
「明日死んでもいいように生きろ」と謳う本があります。
でも、明日死んでもいいようになんて、やっぱり生きられない。
自堕落な私はどんなに決意を新しくしても、しばらくしたらそのことを忘れ、目の前のことに流されて、いつも間違えます。間違え続けて、後悔して、それでも生きています。
この物語の中で、まさしく「明日死んでもいいように」生きる登場人物たちの、恰好悪くて、情けなくて、そしてとびっきり愛おしい姿は、私の自堕落さや後悔の全てを飲み込んで、目の前の景色を作り変えてゆきます。ありきたりな言葉で言えばそう、生きることの素晴らしさを、人生のきらめきのようなものを、見せてくれます。
うんざりするほど騒がしい世の中で、この物語は、あなたの目にどう映るでしょうか。あなたの世界をどう色づけてゆくのでしょうか。
それが知りたくて、私はこの本に、ほんま大賞を贈ります。
あなたの守りたいものはなんですか
あなたが叶えたいことはなんですか
まさに”いまわのきわ”、崖っぷちに立たされた友樹が、信士が、静香が、欲しかったもの、作ろうとしたシャングリラ。
どうかその理想郷が、”明日終わらない世界”だとしても、訪れる世の中であることを願って。
文芸書担当 本間 悠
※ 以下、noteだけ追記 ※
“明日世界は終わるんだって”
そんな歌い出しから始まるYOASOBIさんの『アンコール』という曲が、『滅びの前のシャングリラ』の世界観にぴったりだと思ったので、この文章を書きながらずっと聞いていました。
最後に紹介させてもらいます。