失敗を前向き変換する勇気
つい最近まで失敗を後ろ向きなポジティブで捉えていた。どうせわたしが失敗したところで100年後にはみんな死んでるし…とか。失敗についてハッとさせられるTV番組が年始に2つあった。1つ目は、NHKのクローズアップ現代の小説家の西加奈子氏のインタビューで
「黒人差別の撲滅を目指して広がった運動、Black Lives Matterの時に自分が尊敬している人がごもっともな意見をSNSで述べていて、その時に、でも絶対最初からその考えではなかったはず、もっと間違えて、間違えていった結果、時間をかけてSNSに正しい意見を言えたはずで、それを見た時に間違えた過程がなく”前からそう思っていた”という風になることが怖い。“自分がない”と思って」
「間違うことを恐れたくない。せっかく小説があるのだから。小説はたったひと言のことを言うために全場所に寄り道するようなジャンル。何百枚書いて、それだけ時間をかけていいジャンルなんだから何かの答えに辿り着くまでに間違えて間違えてボッコボコになって辿り着いてもいいじゃないか。間違うことを恐れず、時間をかけて答えに辿り着く」
というようなことを答えていて、なんてポジティブに失敗を捉えているんだろうとびっくりした。
わたしは間違えたら一刻も早く忘れ去りたい(実際は忘れられないのだけど)と思っていたのに、間違って、間違って、その間違った過程も自分なんだという気づき。
もう1つ。
歌人の穂村弘氏が短歌について語るNHKの番組で
「失敗はその人の魂の色みたいなものが出る。成功や正解には魂の色が出ない。正解はこの世の全員にとっての正解だから。バリエーションがない。誤植には無数の誤植があるけど、正しいは、たとえば12分はもう12分が正解だから。誤植はとんでもない誤植があって15分っていう誤植もあれば、12年という誤植がある。その12年に(失敗の)輝きが宿るから。失敗というのは業績じゃない。成功は業績だったらその人の死後もこの世に残る。でも、失敗はその人が言わなければ残らない。たとえば”傘を持ってきてくれ”って言ったのに持ってこない裸足のやつがいてしょうがないから2人でずぶ濡れに帰ったってことはその人が短歌や話にしなければこの世に残らない」
というようなことを話していた。失敗に魂の色、輝きが宿るなんて思ったことがなくて、失敗することに対して勇気が出た言葉だった。
失敗した時にそれを私の魂の色出ちゃったな、輝いちゃったなと、これからは前向き変換していきたいし、失敗を恐れず、失敗した出来事も書いていきたいなと勇気を持たせてもらえた。
ちょっと余談になるが、昨年末までになんとか読み終えたかった「くもをさがす」(西加奈子著)が結局年末までに読み終えることが出来なかった。「くもをさがす」に書かれた西加奈子氏の闘病の様子がありありと想像できて辛く、なかなか読み進めることができなかったからだ。それでも年始になんとか読み終え、最終章を読めて本当によかったと思っている。
わたしだけの美しい瞬間を見つけたい。
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