同一性
10代までに経験した数回の「転校」が、時々役に立つことがある。
友人・知人にアドバイスを求められたときが、特にそうだ。
ある時、歳下の友人からの相談を受けた。ざっくり内容をまとめれば、「今の人間関係の中で求められている自分の有り様が嫌になった。一度関係をリセットして、新しい自分になりたい」というものである。
その相談を、私は天津飯を頬張りながら聞いていたのだが、思わず口から吹き出しそうになった。「リセットしたい関係の中に、俺って入ってるの?」、当然気になるポイントである。
「入ってないです。入ってないです」と笑う友人。とりあえず一安心だが、もし本当に「新しい自分を」と望んでいるのなら、どうだろう。引っかかるポイントはなくならない。
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私は上記の相談に、自分の「転校」経験と、一冊の本をもとに応えた。
「転校」は、本人の意志に関係なく、親の都合で通学校が変わる事象である。そこでは、学校を中心に培ってきた人間関係のリセットが起こる。
私はここで、友人が望むところの「新しい自分」になるチャンスを獲得するにいたるわけだが、真に残念なことに、私は転校前と転校後で、そんなに自分の有り様を変えることはできなかった。
もちろん、友人との付き合いの中で、多少趣味や好みが変わったり、加わったりすることはあっただろうが、性格や志向が根本的に変化するということは、ついぞなかったように思う。
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新しい自分になりたい、という願望に、別の角度からメスを入れてみたい。
上記の引用文で、哲学者のクレール・マランの指摘するところは、そもそも「確固たる自分」なるものは存在するのか、という点である。
「確固たる自分」を前提視しなければ、新しい自分になりたい、という願望も生まれてこない。逆に言えば、「自分」は常に揺れ動く不安定な存在だと捉えなおせば、「リセット⇨新しい自分」という考え方自体を再考することにもつながる。
周囲の人間関係に、自分の有り様を合わせていくことは、時に息が詰まる。友人のように「リセットしてしまいたい」と思う気持ちもよく分かる。だからこそ、友人の相談には慎重に応えた。少しは役に立てただろうか。
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