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摂取

 当人にとっては習慣化されていて気にもかけないことでも、側から見ると特異にうつるということはある。

 私には大学の学部時代、毎日一本、酸っぱい飲み物を口にしなければ”落ちつかない“という友人がいた。味を楽しみたいというのではなく、飲まないと不安になるのである。
 講義で一緒になるときにはいつでも、彼の机上には、レモン系飲料の小瓶が置かれていた。ある時、何とはなしに、「いつもそれ飲んでるけど、美味いん?」と質問したところ、「うーん、そうでも」という反応があって、ん???、とハテナがいくつも浮かんだことは、今でもはっきり覚えている。

 友人を不安にしていた原因は、この酸っぱい飲み物が帯びているイメージと関係がある。彼には酸っぱい飲み物から、あるものを摂取しなければならない、という強迫観念があったのだ。
 その「あるもの」とは何か。ビタミンCである。

「巷に溢れる「レモン◯個分のビタミンC」と表示された食品の数々。出どころは、一九八七年(昭和六二)に農林水産省が制定した「ビタミンC含有菓子の品質表示ガイドライン」だ。健康食品や自然食品といった新しいタイプの食品が増えてきたことを受け、その判断基準を提供するために設けられた指針だった。二〇〇八年(平成二〇)に廃止されたが、清涼飲料業界では今もこの基準を踏襲している。」
澁川祐子『味なニッポン戦後史』インターナショナル新書、P124)

 私の友人の場合も、というか私自身そうだったのだが、「酸っぱい飲み物⇨ビタミンC」「ビタミンC⇨酸っぱい飲み物」というイメージが前提視されており、そこに疑問を差し挟む発想すらなかった。
 上で引用した、ライター・澁川祐子による指摘は、友人や私がこのイメージを共有してしまっていた原因を明らかにしている。
 食品表示上では、ビタミンCとレモンがセットで語られることが常態化している。世に出回る酸っぱい飲み物の多くは、レモンを前面に押し出していることが多いから、ビタミンC⇨レモン⇨酸っぱい飲み物、というイメージの流れがここに成り立つ。そして、消費者は日常生活の中で、このイメージを刷り込まれていく。

「文部科学省の食品成分データベースによれば、果肉まで含めると、生のレモン一〇〇グラム当たりに含まれるビタミンC量は一〇〇ミリグラムになる。
 はたしてこの量は多いのだろうか。同データベースでビタミンC含有量のランキングを見ると、レモンは三六位。一位は酸味種の生のアセロラで、一七〇〇ミリグラムと桁違いに多い。レモンより上位を見ていくと、意外なところではせん茶が五位で二六〇ミリグラム、焼きのりが八位で二一〇ミリグラム、生の赤ピーマンが一二位で一七〇ミリグラム。」
澁川祐子『味なニッポン戦後史』インターナショナル新書、P124〜125)

 友人が強迫観念に突き動かされて、レモン系飲料を手に取る。その過程の中に張り巡らされたイメージ戦略に意識を向けると、なかなか恐ろしいものがある。
 私にも、ベストな選択だと思い込まされて、手に取っているものがあるかもしれない。



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