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老い

 年齢が離れた人間と、「学友」として分け隔てなく付き合えるというのは、とても幸せなことだ。
 noteでも再三話したことがある、70代・女性の学友と、先日久々に会って話をした。する話は毎回同じ。近況報告と最近読んだ本の話。
 相手から告げられて、ハッとしたのは、時の経過の速さである。前回会ったのは二ヶ月ぐらい前だったかなと思っていたところ、「去年の六月ぶりですね」と言われたのだ。
 頭の中で蝉の声がしたかと思うと、次に隣家の屋根が雪で一色に染まるイメージが去来する。
この調子だと、ハッと意識したときには、周囲で蝉の大合唱が鳴り響いているかもしれない。

 季節が巡れば、当然その分歳を取る。
 ただその現実を、学友の口から聞くことになるとは思わなかった。
 彼女は「最近、老いを感じることがあって」と呟いた。70代なんだから当然でしょ、と思う人が多いだろうが、彼女が年齢云々でネガティブな発言をするのを、私は一度も聞いたことがなかった。年齢に左右されない、好奇心と行動力に、私はいつも圧倒されていたから、意外だったのだ。

「「私 あの人苦手」
 という人もあるだろう
 あの人 というのは私のことで
 今年 八十四になるらしい
 何をしても笑ってもらえるのは
 生まれたての赤ん坊くらいで
 長く生きてしまうと そう簡単に
 好きになってもらえない」
(『
山崎るり子詩集』思潮社、P40)

 学友は詩集の中にある、上記の引用箇所を指し示しながら、「この一節に、ハッとさせられちゃったのよ」と口にした。
 "ちゃった"の部分で語気が強まったように感じたのは、彼女の中に「こういう考えは、よくない」という後ろめたさがあったからだろうか。
引かれた文章は「窓辺」という詩の中の一節で、詩集『おばあさん』の収録作である。
 恥ずかしながら、私は作者・山崎るり子の存在を、この時初めて知った。彼女は1949年生まれであり、『おばあさん』が刊行されたのは1999年。つまり、50歳前後の時期に、この詩集は編まれたことになる。
 「この詩、本当に84歳の女性が書いたように感じますね」と率直な感想を伝えると、学友は「私は84歳になっても書けそうにない」と笑みを返した。



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