書き写す
数年前、大学の講義の一環で、老人ホームでの研修に参加したことがある。
研修といっても、自分にできることはほとんどなく、ただひたすら入所者の方から貴重な話を伺った。
今回は、その中でも特に印象に残っている、男性入所者(以下、Mさん)の話を紹介したい。
*
Mさんは、私と年齢が四倍以上離れている、人生の大先輩。出版社で編集者として定年まで勤め上げたが、元々は作家志望だった、と振り返る。
本好きの私は、前のめりになってMさんの話を聞く。没頭しすぎて、「研修」であることを忘れていた。
作家になるために、十代の頃していたことがある。何だと思う?、と問われたので、「作家を一人決めて、その著作を全て読む、ですか」と答えた。
惜しい、惜しい、と笑顔。「読むではなく、書くだね」とのこと。……書く?
敬愛する作家の作品を、ひたすら紙に書き写していく。自分を魅了してやまない文体を、身体に覚えさせていくのだ。Mさんの語りが熱を帯びる。私もその熱にほだされて、「なるほど、なるほど」と強く頷く。
ちなみに、若きMさんが敬愛した作家は、かの有名な泉鏡花だった。
スッと一節を誦じる。すごいっ! と感心したが、泉鏡花の作品をほとんど読んでいなかった当時の私には、何という作品の文章なのかは分からず。後で調べて、それは「絵本の春」の冒頭部分であることが分かった。
*
このように貴重な話を伺ってからというもの、どれほどの人が、同様の実践(書き写し)を行ってきたのか、気になってちょくちょく調べるようになった。
一事例として紹介したいのは、作家・宮城谷昌光による「実践」。
宮城谷の場合、十代の頃に限らず、二十代、三十代と齢を重ねていっても、書き写しを継続している。そこで対象に選ばれたのは、作家の藤沢周平であった。
宮城谷は書き写しを通して、いかに藤沢作品がその初期から完成されており、文章技法の点から見ても頂点に達していたかに気づかされる。そしてそれが、後々藤沢周平自身を縛り、苦闘を強いられるにいたることも。
*
「書き写し」の実践は、今でも作家志望の人々の間で行われているのだろうか。リアルタイムで実践している人の話を、いつか聞いてみたいと思っている。
※※サポートのお願い※※
noteでは「クリエイターサポート機能」といって、100円・500円・自由金額の中から一つを選択して、投稿者を支援できるサービスがあります。「本ノ猪」をもし応援してくださる方がいれば、100円からでもご支援頂けると大変ありがたいです。
ご協力のほど、よろしくお願いいたします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?