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映画が生まれるまち|杉田協士(映画監督)

各界でご活躍されている方々に、“忘れがたい街”の思い出を綴っていただく連載あの街、この街。第51回は、第32回マルセイユ国際映画祭でグランプリを獲得した映画監督・杉田協士さんです。脚本を書き始める時にはすでにロケ地が決まっているという杉田さん。監督人生にとって欠かせない場所について綴っていただきました。

列車を降りて他に誰の姿も見当たらない駅を出ると、一軒だけある食堂が目に入った。中を覗き、汁物の麺料理を食べていた男性に声をかけ、持っていたメモ帳に目的地の街の名前を漢字で書いて見せながら、どうやったらそこに行けるかを身振り手振りで尋ねた。食べ終わるのを待つように、と読み取れるような動きだけ返してくれた。しばらく店の表で待った。

男性は原付バイクの後ろに乗せてくれた。山の中をうねうねとつづく坂道を登る間、重たいバッグを背負いながら、ただ振り落とされないことに集中していた。ずいぶん経ったころ、男性はバイクを停止させて私を降ろすと、そのまま振り返ることもなく去っていった。少し歩くとその街というか村はあった。映画で見た景色がそこにはあった。

日も暮れるころ、この村には宿がないかもしれないと心配になっていた。とりあえずお腹は満たそうと思って入った小さな食堂で、出された香腸と何かの炒めものを口に運びつつ、「宿」とだけ書いたメモを男性の店主に見せて尋ねると、黙って頷いた。食べ終えてお代を渡すと、ついてくるようにと手招きしてくれた。石段がつづく道をしばらく後について登った。店主は一軒の家に入ると、二階の使われていない部屋に上がり、布団を一式出してくれた。そのまま何も言わずに食堂に戻っていった。

未明に目を覚ました私は、畳んだ布団の上にお礼のお金を置いて出発した。それは1998年の春で、初めての国外への一人旅だった。ホウ・シャオシェン監督の『恋恋風塵れんれんふうじん』という映画に胸を打たれた私は、それが撮影された場所に立ってみたいと思い、普及し始めたころのインターネットで撮影地を調べて、往復の航空券と初日に泊まる台北のホテルを旅行代理店で予約した。まだ映画を作ったりすることもなく、毎日のようにただ見ているだけの学生だった。

去年の夏、台北にある芸術大学の学生たちが、大学の主催する学生映画祭に私の作品を特別枠で招待してくれることになり、上映後のQ&Aを行うために私自身も向かった。会場に到着すると、迎えてくれた運営メンバーのうちの一人の学生が、あなたの映画に出会って私の人生は変わったのだと満面の笑顔で伝えてくれた。

翌日、私は26年前と同じ路線の列車に乗っていた。車窓から見える景色がどれくらい変わったのかはわからなかったけれど、トンネルに入ったときの闇の深さはきっと同じだった。前回訪れた駅は観光地になったらしく、大勢の客で賑わっていた。そのまま列車に残り、そのひとつ先の小さな駅に降り立った。駅前で見つけた、女性の店主と年配の両親でやりくりしているらしい食堂に入り、他のテーブルの人たちがおいしそうに食べていた麺料理と同じものを注文し、やはり他の人たちを真似て冷蔵庫から自分でビールを出して飲みながら、店内に差し込むやわらかい光を眺めていた。

先日、次に作る予定の映画の脚本が書き上がった。台湾の小さな駅にある家族経営の食堂を訪れた主人公が、誤って運ばれてきた他のテーブルに出されるはずの料理を、そのまま知らずに食べてしまうシーンが気に入っている。

文=杉田協士
写真=和田清人、杉田協士

杉田協士写真展『犬星展』
[期]2/15(土)まで
[場]おむすびカフェ くさびや@聖蹟桜ヶ丘
[住]東京都多摩市関戸4-34-15
[営] 水曜日定休 + 不定休
*カフェのためご観覧の際は要ワンオーダー
☎042-401-8988
https://kusabiya.jp/

杉田協士(すぎた・きょうし)
映画監督。立教大学文学部教育学科卒。歌人・東直子の短歌を原作に製作した長編第3作『春原さんのうた』(2021)が第32回マルセイユ国際映画祭でグランプリ・最優秀俳優賞・観客賞、第36回高崎映画祭で最優秀監督賞などを受賞。第4作『彼方のうた』(2023)が第80回ヴェネチア国際映画祭のヴェニス・デイズ部門などに出品。
X(旧Twitter)=@kyoshisugita

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