パリ、軽やかに流れて 宇賀なつみ(フリーアナウンサー)
パリに着いた途端、空が明るくなってきた。東京は汗ばむような暑さだったのに、肌寒くて驚いてしまう。タクシーに乗って、友人が待つホテルに急いだ。オリンピック開催直前のパリに、15年ぶりにやってきたのだ。
私の旅はいつも急に決まる。フリーランスになってからは、スケジュールは全て自分次第。まとまった休みを予め確保しておいて、仕事が入らなければ直前に行き先を決めて出発する。ホテルは現地に着いてから選ぶこともあるくらいだ。
今回は、2日ほど前から来ていた友人と現地集合。特に予定は何もない。まだベッドで横になっていた彼女に挨拶をして、シャワーを浴び簡単なメイクをする。「どうしようか?」「とりあえずコーヒーを飲む?」。近くのカフェで、カプチーノとクロワッサンを注文して、お互いの近況報告をした。
1時間ほどおしゃべりをした後、パレ・ロワイヤル庭園を抜けて国立図書館リシュリュー館に入った。天窓から光が入る巨大な楕円形の空間に、約2万点の書物がびっしりと並んでいるオーバルルームは圧巻。学生たちが勉強をしている間を静かに通り抜けて、奥のソファでしばらくぼんやりしていた。こんな豪華な空間なのに、私のような外国人でも、ふらっと入れる気軽さが面白い。その後は、ブルス・ド・コメルス ピノー・コレクションへ移動した。証券取引所だった神殿のような建物は、安藤忠雄氏が改修を手掛け、現代アート美術館となっている。天窓と鏡を使った演出が素晴らしく、展示も見応えがあった。少し立ち寄るつもりが、2時間近く滞在してしまった。
そのままマレ地区まで歩いた。今でも紙タバコを吸う人が多いのに驚く。途中で通った公園では、上半身裸になって日光浴をしている男子がいて、寝転がったまま、ノートにペンで何かを書き込んでいた。マルシェを見つけてお腹が空いてきたことに気づき、シャンパン片手にシーフードを食べる。そういえば今日は日曜日だ。周りは皆家族連れで、楽しそうに笑っていた。何気なく覗いた靴屋でサンダルを買い、庭園のカフェでビールを飲む。隣には若者のグループがいて、カメラを向けると手を振って応えてくれた。
気がつくと19時を過ぎている。まだまだ明るいけれど、そろそろディナーの時間だった。パリに詳しい友人に勧めてもらった店に、順番に電話をかける。3軒目で予約ができた。Uberで移動して、少しずつ暗くなっていく空を眺めながら、ゆっくりと食事をした。ワインもパンもバターも、何もかもが美味しかった。奥には一人で食事をしている年配の女性がいた。花柄のドレスを着て、大きな金色の指輪をして、ゆっくりと手を動かしながら一皿一皿を味わっていた。
明日も天気が良いらしい。Googleマップを見て、あることに気がつく。「シャンパーニュって、こんなに近いんだ!」「電車で1時間もかからないよ」。次の日の予定が決まった。あまり計画しないで、その時気になったところへ流れていけばいい。これこそが旅だと思う。
文=宇賀なつみ
イラストレーション=駿高泰子
出典:ひととき2024年9月号
著者の近刊『じゆうがたび』
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