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千差万別の生前弔辞集『お悔やみ申し上げません』|文学フリマに魅せられて(第6回)田中理那さん

自らが「文学」だと信じるものを自由に展示・販売できる「文学フリマ」。さまざまな書き手と読み手がつくりあげる空間は、回を重ねるごとに熱気を帯び、文学作品にかかわる多くの人々を魅了しています。本連載では、そんな文学フリマならではのバラエティに富んだ作品をご紹介!第6回目は百万年書房の田中理那さんにお話を伺いました。

「百万年書房の代表、北尾修一は昨年がんを患いました。どうやら余命宣告までされたようです。」

そんな一文から始まる『お悔やみ申し上げません』は、編集者・北尾修一さんの生前弔辞集です。大病を患いながらも、毎日打ち合わせをして、メールを秒で返し、本を作る。まだまだ死ぬ気配を感じさせない北尾さんに弔辞を寄せるとしたら、どんなことが書かれるのだろう。田中さんの思い付きから始まったこの1冊には、笑いあり、涙あり、悪口ありの、北尾「愛」あふれる9つの弔辞が集まりました。

インタビューには田中さんに加えて、「見学者」として北尾さんご本人にもお越しいただき、『お悔やみ申し上げません』の制作秘話や、田中さんと北尾さんの師弟関係などについて語っていただきました。

『お悔やみ申し上げません』
~百万年書房 北尾修一 生前弔辞集~

著者:大原扁理、大森皓太、小檜山想、
早乙女ぐりこ、向坂くじら、田中理那、
ひらいめぐみ、平城さやか、堀静香

──今回上梓された『お悔やみ申し上げません』は、一見センシティブなテーマに見えますが、書き手それぞれの編集者・北尾修一さんへの思いが伝わってきて、読んでいて胸が熱くなりました。この「生前弔辞集」という企画はどのようにして生まれたのでしょうか。

田中:実は、今回で「百万年書房」として文学フリマ東京に出店するのは最後にしようと話していて。そこで北尾さんから「最後になんか企画考えてよ」と言われたんです。その瞬間に北尾さんの弔辞集をつくりたいなと思ったんですが、その場で言うと怒られそうだったので、翌日企画書にまとめてプレゼンしたのが始まりです。

──怖いもの知らずですね……(笑)。北尾さんの反応はいかがでしたか。

田中:それが、「いいね~。文フリで売るときは、ビッグサイトに喪服で来てね」みたいな感じで言われました(笑)。思ったよりもノリノリでした。

北尾:ちょ待て、いや、普通に引いてましたよ。ノリノリに見せるようにしてたかもしれないけど、心の中では「すごいことを提案されている……」と思っていました。

──でも、表紙用に撮影された写真を見る限り、かなりノリノリですよね(笑)。

田中:やっぱそう思われてんだ!

北尾: いや、許可を出した以上、こういうところでウジウジするのはね……大人として、やるときはやんないと。

撮影:相澤義和

──実際にZINEをつくられてみていかがでしたか。

田中:それぞれの弔辞からも読み取れると思うんですけど、北尾さんがそれぞれの著者さんとどういう共犯関係を築いてきたのかが色濃く出ていて、面白いなと思いました。

例えば「弔辞を書いてくれませんか」と連絡をしたとき、大原扁理さんからは「爆笑しました、最高です笑」というメールがすぐに返ってきたのですが、堀静香さんはしばらく返信がなくて、後になって「弔辞って、何ですか……」みたいな、釈然としない感じのメールが送られてきました(笑)。

それで、堀さんから実際の原稿が上がってくると「いや、弔辞ってなんだよ」みたいな半ばキレ気味の内容で、堀さんに頼んで良かったなと思いましたね。

全員2000字程度の短い文章でお願いしたんですが、それだけで書き手の色がこんなに出るんだっていうのは単純に驚きでしたし、皆さん最高です、ありがとうございます! という気持ちでいっぱいでした。

北尾:企画が良かったんでしょうね。自分の弔辞だからどうこうは差し引いても、客観的に読み物として面白かったです。書き手みんなのキャラクターがすごく出ていて、それぞれがそれぞれらしい文章を書いているなー、ありがたやー、と。

田中:弔辞って、結局のところ本人に聞こえないからいいみたいなところがあると思うんです。でも今回の場合は、北尾さん本人に読まれるという前提なので。そのことは、皆さんかなり意識して寄稿してくださったんだと思います。

実際、本当の弔辞だったらもうちょっと柔らかくなっているんでしょうけど、本人に読まれるんだったら心置きなく悪口も書けますもんね。生前弔辞ならではです。

──田中さん自身も寄稿者の一人として登場していますが、実際に書かれてみていかがでしたか。

田中:自分で書いた文章を人に見せるのって本当に身を切る思いというか、とんでもない行為だなと思いました。そもそも企画を立てた段階で、めちゃくちゃに面白そうだし読みたい、せっかくなら私も書きたい、という自分の好奇心と、このメンバーに並んで書きたくないというプレッシャーの狭間で、1週間ぐらい微熱がありました(笑)

北尾:書き終えたら治ったんだよね(笑)。

田中:本当にそうなんですよ。体調不良の私が、なんでこんなピンピンしてる人の弔辞を書かなきゃいけないの!? って思ってました。むしろ書いてほしいくらいでしたね。

──弔辞の中では、それぞれの著者さんが北尾さんと本を作る過程も描かれていて、百万年書房から刊行されている著作も読んでみたくなりました。読者からは、どのような感想が寄せられましたか。

田中:私の周りでも、この本をきっかけに百万年書房の本を読んだっていう話がちらほらあったんです。「なるほど、そういう効果もあるんだ」って気づいて、ちょっと嬉しかったです。

あとは、笑ったって人もいれば、めっちゃ泣いたって人もいれば、不謹慎な……と引いてる人もいて、喜怒哀楽さまざまな感想をいただきました。中にはXで「北尾さん、もっといろんな本を作ってほしかった」と感想を書いている人がいて。

北尾:過去形はやめて! まだ死んでないし!

田中:あれは面白かったです。MVPでしたね(笑)

📚「師匠と弟子」という関係性

──そもそも田中さんは、透明書店で働いているときに百万年書房へ誘われたんですよね。

田中:もともと内定先のインターンとして働いていたんですが、北尾さんに「留年したんですよね」と言ったら百万年書房に引っ張られました。なので、出版業界に入ろうと思って北尾さんと一緒にやってるというより、北尾さんについて来たらそこが出版業界だった、みたいな感じです。

──個人的には、田中さんが「北尾さんの弟子」として弔辞を寄稿されていたのが良かったです。田中さんと百万年書房の関わりについてお伺いさせてください。

田中:文学フリマの会場でも、いろんな人に「社員なの?」「インターンなの?」って聞かれたんですが、自分でもよくわかっていなくて。形で言うと業務委託なんでしょうけどね。

北尾:一般的な言葉で言うと業務委託になるんですが、そういう言い方はあまり馴染まなくて。この生前弔辞集の中で、田中さんはふざけて「弟子」と名乗ってるんだと思いますが、それはなかなか言い得て妙な感じがします。

もっとキャリアがある人で「百万年書房を手伝いたい」と言ってくださる方も、いなくはないんです。でも、即戦力(笑)を求めているわけじゃないし、それだとあまりワクワクしない。そうじゃなくて田中さんに手伝ってほしいと思ったのは、彼女が一緒にいてくれたら自分の発想を超える刺激をくれるだろうし、その結果、他の出版社ではできない面白いことが生まれて、それが百万年書房に良い効果をもたらすだろうと直感したからです。

自分のそういう勘は、昔から信じてるんです。 著者とかもそうですけど、それまでのキャリア関係なく、第一印象で「この人、面白い」ってセンサーが働くときがあって、それはあんまり外れない。基本、頭じゃなく勘の良さだけで生きてきたので、そこだけは自信があります。

単語帳とマッキーで手作りした田中さんの名刺

田中:正直なところ、1%くらいしか力になれていないんですが、気持ち的には「手伝ってる」というよりも「一緒にやってる」と思っています。なので、トークイベントとかで北尾さんが「ひとり出版社やってる」って話しているのを見ると、話をさえぎってでも「ふたり!」って言いたくなりますね、私は。

北尾:そう思ってるんだろうなと思いながら毎回言ってます(笑)。

田中:性格悪いですよね。メールの送り方ひとつにしても、私が送ったメールをwordにコピペして、 添削を加えて、PDF化した上で、Slackで送ってきたりするんですよ(笑)。でもそのおかげでのびのびやることができるので、細かい指摘こそ感謝しています。

──お二人の関係性にユーモアを感じます(笑)。では、田中さんが百万年書房に入って生まれた1冊目が、この『お悔やみ申し上げません』というワケですね。

田中:そっか。これが1冊目になるのか……。

北尾:たまに誤解されているんで、あえて強調しておきますけど。『お悔やみ申し上げません』の企画編集に、私は一切タッチしていません。担当したのは表紙モデルだけです(笑)。いや、さすがに自分で企画してたらどうかしているでしょう。

📚百万年書房と文学フリマ

──百万年書房さんは、文学フリマのような場でも精力的に活動されている印象がありますが、どのような位置付けとして捉えられているのでしょうか。

北尾:読者の目を見て、話しながら本を手渡せるのが一番大きいです。どういう人が買ってくれているのか分かりますし、本の説明をする中で、どういうポイントをアピールすれば買ってくれるのかも分かります。それがすごく勉強になりますし、そこからアイデアをもらうこともあります。

── 一方で先ほどもおっしゃってましたが、今後の文学フリマ東京には「百万年書房」としては出店されない予定なんですよね。

北尾:もともと文学フリマって、いわゆるプロの作家さんじゃない人でも、何かを書きたい人が出店して本を出せる場だったワケじゃないですか。それが今は規模がどんどん拡大して抽選制になっています。だったら自分は身を引いて、これからの書き手に場所を譲った方がいいだろうということです。だから今回の文学フリマでも、百万年書房のブースは自分じゃなく田中さんが初めて本をつくる場にできれば、と思ったんです。

一方で地方の文フリは、まだ倍率がそこまで高くないですし、地方の読者と交流する良い機会でもあるので、今後も出店するつもりでいます。

田中:地方に行くの、最高ですよね。美味しいものも食べれますし。北尾さんも、地方に行くと「あ、北尾さん!」ってちやほやしてもらって、めっちゃ嬉しそうです。

──ちやほやは地方限定なんですね(笑)。最後に、文学フリマで出会ったおすすめの作品があれば教えてください。

田中:百万年書房の回し者感があって申し訳ないのですが、生前弔辞集の冒頭にも寄稿していただいた早乙女ぐりこさんの『出版前夜』という本を紹介させてください。

ぐりこさんが『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房)を執筆している渦中の日記で、まさに弔辞の中で書かれていたことがリアルタイムで綴られているんです。北尾さんの悪口がいっぱい書かれていると聞いて買いましたが、とても面白かったです。

北尾:そう、おれの悪口がいっぱい書かれてある。お薦めです(笑)。

──弔辞の中でも、北尾さんが「敵」「悪魔」として書かれてましたよね(笑)

田中:中身は全然違いますけど、文体とか、若干北尾さんの日記(『自分思い上がってました日記』『調子悪くて当たり前日記』)に似てませんか?

北尾:それ、ぐりこさんの前で絶対に言わない方が良いと思うよ。そんなこと言ったら、おれがぐりこさんでもブチ切れると思う(笑)。

田中:ちょっとぐりこさんがブチ切れるの見たいです。

──ありがとうございました(笑)。百万年書房の次回作も楽しみにしています。

取材・文=清水翔起(ウェッジ書籍編集室)
撮影=飯尾佳央

◆◇◆ お知らせ ◆◇◆

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田中 理那(たなか・りな)
百万年書房 編集部。大学生のときにインターン先の透明書店で北尾さんと出会い誘われる形で百万年書房に参加。初めての編集担当作が『お悔やみ申し上げません~百万年書房 北尾修一 生前弔辞集~』。現在は「大塚愛好家散歩日記」」を執筆中。

北尾 修一(きたお・しゅういち)
百万年書房代表。 1993年、株式会社太田出版に入社。 『クイック・ジャパン』編集長を23号から50号まで務め、2006年には文芸誌『hon-nin』を創刊。 2017年に独立し、出版社『百万年書房』を立ち上げる。著書に『いつもよりも具体的な本づくりの話を。』(イースト・プレス)など。

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