星空の下、遠くて近い宇宙を想う(熊本県阿蘇市・南阿蘇村)|ホンタビ! 文=川内有緒
私が生まれた日はどんな日だったの?
幼い頃そう母に尋ねると、「ジャコビニ流星群が来た日だよ」と答えた。
いま思えば、その答えは正しくはない。なにしろその年は、観測条件が良かったにもかかわらず流星が見えなかった謎めいた年として知られているからだ。
それでも、自分は流星が降る夜に生まれたんだと考えることが好きだった。
ああ、久しぶりに満天の星が見たい。
そんな私が手にするのは、全卓樹さんの『銀河の片隅で科学夜話』。副題に「物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異」とある通り、静かな夜にひっそりと読みたくなるような一冊だ。宇宙、生命、確率などをテーマに、科学とロマンがブレンドされた不思議な逸話が綴られる。本のはじめには、宇宙の方角を向いた天体望遠鏡を描いた美しいイラストが添えられている。
宇宙の中心はどこであろうか。実はこの質問には答えがない。宇宙は、より多次元の空間に埋め込まれた、両端がつながった閉じた空間だからである。
阿蘇の〝泊まれる天文台〟へ
向かったのは、熊本県の阿蘇地方。活火山やカルデラ、大草原が生み出す独特の風景を織りなすこの地には大都会の灯りが届かない。だから星を見るにはうってつけなのだ。
さらにここには、星を見たい人の願望をかなえてくれる場所がある。その名も、「南阿蘇ルナ天文台 オーベルジュ森のアトリエ」だ。
玄関を開けて迎えてくれたのは、星のコンシェルジュ®、髙野敦史さんである。
ヨーロッパの古い宿屋のような温もりある受付の横に小さなドアがあった。
「こちらへどうぞ」という声に誘われ中に入ると、そこには本格的なプラネタリウムがあった。これから何が起こるのだろう。胸が高鳴った。
「あなたは何が知りたい? 何が見たい? いまから自分が見たいと思う星を見つけてください」
プラネタリムの中が暗くなると、天井には星空が浮かび、冬の夜空についてのライブ解説が始まった。
20分ほど星座や宇宙に関しての物語を聞いて、ウォーミングアップしたあと、天文台に向かう。真っ暗なバルコニーには望遠鏡がしつらえてあった。
個人的には、すばるが見てみたかった。すばるは、別名プレアデス星団で、写真で見ただけでも、魅力的に思えた。そう伝えると、「昔、あなたと同じ気持ちになった日本人がいますよ。清少納言です」と髙野さんが言う。あ、そうか、『枕草子』の有名な一節、「星はすばる」は、このすばるだったのか。
そう思いながら望遠鏡をのぞいたとたん、驚きに包まれた。まるで金平糖の缶を開けてぶちまけたように、100以上の星が散らばり、健気に輝いている。
なんて奇麗なのだろう……。
「まだ若い星の集団だから群れているんですね。しかし時間が経つと、ひとつずつバラバラになり離れていくんです」
次に見たのは木星。大きくて力強く、縞模様もくっきり。エウロパとイオというふたつの衛星まで見えて感激した。
天文台の中にしつらえた高さ6メートルの巨大望遠鏡をのぞかせてもらうと、そこに見えたのは土星だった。わお、土星って本当に輪があるんですね、という間抜けな感想を抱いた。
「すべて本物です」と髙野さんが付け加えた。それが妙に印象的だった。
この本の中では、「ネメシス仮説」なる魅惑的な説も紹介されている。
それによると太陽は実は二重星で、未発見の暗く小さな赤い伴星「ネメシス」があって、オールトの雲の近くを廻っているというのである。(中略)太陽に伴侶の星がいるのかもしれない。その暗い伴星が数千万年に一度、昼空までをおおう彗星の嵐、めくるめく流星の雨を地球にもたらすのだ! それはなんという戦慄すべき仮説だろうか。
仮説に対する髙野さんの見解を聞いてみると「もちろん可能性はあるでしょうね」とニコッとした。まだ宇宙は知られていないことだらけなのである。
まだ誰にも発見されていないネメシスに思いをはせつつ、「今度は二重星が見たいです」とリクエスト。有名な二重星としては、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する白鳥座のアルビレオがある。しかし、近年アルビレオは、実は遠く離れた見かけの二重星であるという説が有力になっている。
そこで髙野さんは、「アンドロメダ座にあるアルマクを見ましょう。本物の連星です」と、巨大望遠鏡を操作した。ちなみに、アンドロメダ銀河は我
々の肉眼で見ることができる一番遠い天体とも言われる。
「それでは、どうぞ」
望遠鏡の向こう側では、金色に光り輝く大きな星の横に、青い宝石のような小さな星が寄り添っている。コントラストが見事で、ふうっとため息が出る。
全く異なる見た目のふたつの星。それらは、どちらかが他方の衛星というわけではなく、お互いの引力で引き合いながら、なにもない空を中心にクルクルと回り続けている。クルクル、クルクル。まるで見つめあうように。
最後に私たちは、オーベルジュの裏手にある草原に向かった。闇の中にしつらえてあるのは、キャンプ用のベッド。横たわると頭上には驚くほどの数の星が煌めいている。寝袋に入り、ゆりかごのような空に身を任せた。
目の前では、木星が強い存在感を放ち、逆にすばるは、はかない白い泡のようにも見えた。いつかは散り散りになり、あの泡も消えてしまう……。星は生まれ、旅立ち、いつか死ぬ。その間に、伴侶を見つける星もあれば、彗星のように孤独に旅を続けるものもある。
ふと「宇宙は両端がつながった閉じた空間」という本の一節が思い出された。その中に全ての星があり、アルマクも土星もあって、地球があり、自分がいて……。
10分ほど夜空を見上げていると、さっと縦方向に星が流れていった。あっ、と思った時には消えていた。
願いごとはしなかった。ただ出会えたことに感謝した。だって、ジャコビニ流星群の夜に生まれた私だから。
文=川内有緒 写真=荒井孝治
出典:ひととき2023年2月号
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