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人のご縁と道のりを思う 村雨辰剛(庭師)
小説家、エッセイスト、画家、音楽家、研究者、俳優、伝統文化の担い手など、各界でご活躍中の多彩な方々を筆者に迎え「思い出の旅」や「旅の楽しさ・すばらしさ」についてご寄稿いただきます。笑いあり、共感あり、旅好き必読のエッセイ連載です。(ひととき2025年2月号「そして旅へ」より)
旅するなら、その土地の歴史や文化が感じられる場所を訪れたい。2年ほど前に行った台湾旅行で思い出深いのは、寺巡りだ。日本の寺と違って、装飾も彫刻も全てカラフル。屋根の大棟なんて湾曲している。歴史的建造物は、その地に長年伝わる文化やそこに暮らす人々の営みの象徴だと思う。僕は、それらに触れるのがとても好きなのだ。
最近はもっぱら、遠出するのは仕事でということがほとんど。テレビ番組のロケも多く、日本国内ならば、あと少しで全都道府県を制覇できるくらいさまざまな場所を訪れた。仕事とはいえ、得難い経験をさせてもらって本当にありがたいと思う。とはいえ、初めての場所へ来たのならば、せっかくだから自分なりにも楽しみたい。僕は、どうにか時間を見つけて、興味がある場所へ足を運ぶようにしている。
先日、旅番組で島根へ行った時は、ロケの合間をぬって小泉八雲記念館や旧居跡を訪れた。スウェーデンに生まれながら日本が大好きになって帰化した僕にとって、明治時代に日本に帰化した八雲は、いわば“大先輩”。以前から、彼の生き方や価値観を知りたいと思っていた。
特に興味深かったのは、妻のセツとともに約5カ月暮らしたという旧居跡。八雲が愛した庭も、当時のまま残されていた。彼が座った縁側ごしに、彼が目にしたであろう景色を眺めながら、100年以上も前に生きた人物に自分を重ね合わせてみる。そんなふうに、これまでの長い歴史に思いを馳せる瞬間は、僕にとって至福のひとときだ。八雲の本を読んだこともあるけれど、「この景色を見ながら、この机で書かれたのか」と想像することで、理解が深まったように思う。
島根では、もうひとつ思い出がある。ロケで訪れた造園会社の親方が、僕と同じくバイク好きで意気投合したのだ。初対面だというのに、大事なバイクにまたがらせてもらい、忘れられない出会いになった。
そうだ。今思うことは、もっとバイクで旅したい! 3年ほど前に初めてバイクで走ったとき、味わったことのない感覚に驚いた。全身が剥き出しの状態だからだろうか、自分を包む風の感触や匂いまで感じられる。広大な自然の中をバイクで走っていると、余計な考えがどんどん消え去って、意識は自ずと自分だけに向けられる。ちょうど瞑想に近い境地に至るのだ。時には、目的地を決めずに、ただバイクにまたがって家を出ることもある。時間や予定に縛られずに、身体が風を切る一秒一秒を全身に刻む、非日常で唯一無二の体験──。
もしかしたら昔は、誰もがこんな感覚を持っていたのかもしれない。徒歩や馬で街道を旅していた時代は、道中さまざまな発見をしながら、長い移動時間を存分に楽しんでいただろう。旅は、移動する時間こそ楽しみたい。それは、移動手段の選択肢が一気に増えた現代にも言えること。目的地までのそこかしこに、非日常で唯一無二の体験があるはずだ。
イラストレーション=駿高泰子
談話構成=後藤友美
村雨辰剛(むらさめ・たつまさ)
庭師。1988年、スウェーデン生まれ。高校卒業後に日本で語学講師として働き始め、23歳で庭師に転身。26歳で日本に帰化、村雨辰剛に改名。2021年NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」に出演するなど、俳優としても活躍中。著書に『村雨辰剛と申します。』(新潮社)。
出典:ひととき2025年2月号
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