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土井善晴先生、山口県萩市で“極上のウニ”と出会う!

料理研究家・土井善晴さんの月刊誌「ひととき」での人気連載「おいしいもんには理由わけがある」が、ついに書籍化されることになりました!
その刊行を記念して、「ひととき」の最新号に掲載された記事を特別に転載いたします。

おいしいもんには理由わけがある
土井善晴 著(ウェッジ)
2023年8月19日発売

 今回は、この連載の旅では初めて訪れる山口県。山口県と言えば下関のふぐを思う私ですが、赤ウニという極上のウニがあると知り、萩市須佐を訪ねました。

 須佐は山口県北東部にあり、萩駅から海岸沿いに東へ約37キロ。須佐という地名は、神話の時代の「須佐之男命すさのをのみことが出雲の国から朝鮮半島に渡る際、神山(須佐にある高山こうやま)の峰に立って航路を定めた」ことに由来するそうです。

 須佐湾は「西の松島」と呼ばれ、国の名勝、北長門海岸国定公園にある複雑で険しい岩礁と穏やかな入り江が連なる変化に富んだ景観。こういう海はたいてい魚の棲家すみかになるものです。河川から運ばれる植物プランクトン(原生生物)を海の動物プランクトンが餌にして大繁殖する。すると、これを餌にする魚貝が集まる。いのちが連鎖する須佐は、古くから好漁場として知られています。須佐ホルンフェルス*のある海岸にも、釣り人がいました。

*「ホルンフェルス」とは、岩石が何らかの変成作用を受けた「変成岩」の一分類

萩市須佐に到着後、まずは須佐湾にある「須佐ホルンフェルス」へ。黒と灰白色が織りなす縞模様の地層が露出しており、「日本の地質百選」にも選ばれた、学術的価値の高いダイナミックな名勝だ。約1500万年前、海底に堆積した地層がマグマの熱変成作用で変成岩になったもので、その不思議な景観に圧倒される土井さん
青い須佐湾に突き出た須佐ホルンフェルスを遠くから望むと、断崖絶壁のようだが、直下まで遊歩道を降りていくと、岩肌に触れることもできる

須佐のポテンシャルに驚き!

「ひととき」取材班、道中で直売所を見つけると、その土地の産物や暮らしが知りたくて、時間が許せば立ち寄り、都会にはない鮮度の高い野菜や素朴な乾物を見つけては、思わず明日のおかずに買うのです。

 須佐地域では、とくに魚介の物販が充実していました。びっくりしたのはその値段。約700グラムの天然真鯛が1尾300円、イキレ(小イカ)が10杯以上入って1パック150円、手のひら大のカライサキ100円、ワカナ(ブリの子)が800円、大物のヒラマサ、メジナは4,500円とありました。ねっ、ここにいたら毎日おいしい魚が食べられるでしょう。

 さて、山陰本線須佐駅に到着。JR西日本の豪華列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風みずかぜ」(山陰コース)が、この小さな須佐駅に停車します。目的は、新鮮な透明のイカが食べられる朝ごはん。イカは、一本釣りの剣先けんさき。わけても特別ていねいに扱われた地元ブランドの「須佐 男命みこといか」で、今回の取材先である海鮮料理店「梅乃葉」で提供されるのだそうです。

「梅乃葉」と約束していた時刻まで間があったので、須佐駅のお隣の直売所「いかマルシェ スサノモノミトコ館」へ。売っているものを楽しく薦めてくれたのは「須佐おもてなし協会」理事の大谷浄二さん。元々、大企業の営業をしていた方で、次々と地元のおいしいものを上手に紹介してくれるのです。自分たちがこれならと思う納得の産物を直接行って確かめ、並べているそうです。

須佐駅隣接の直売所「いかマルシェ スサノモノミトコ館」。店内にはイカの水槽もあり、水揚げがあればその場で捌いて食べさせてくれる
スタッフのみなさん。一番右の大谷浄二さんは、お手頃価格のおいしい地産食材の目利き
新鮮な魚のほか、ウニ瓶詰なども並ぶ

いかマルシェ スサノモノミトコ館
山口県萩市須佐429-4(JR須佐駅前)
☎08387-6-3380
営業時間:9時〜17時
休日:年末年始

 それにしてもお土産に買った「鰯の丸干し」、「もずく」は最高でした。お店のお姉さんも買い物に来た地元のお母さんたちも感じのいい人ばかり。私を見つけて声をかけてくださったのは、須佐で漁師になるために神奈川県から家族で移り住んだという伊藤美加さん。地域が第一次産業従事者育成のために実施したフィッシャーバンク(漁業者育成制度)を利用して3年間漁師指導を受け、いよいよ独立して漁師デビューするそうです。ここに移り住むことを決断できたのは、港から家族で見た夕日の美しさ。須佐にはロマンがあるのです。

 そもそも須佐というところは、石見国(島根県)の七尾城を400年間も本拠にしていた益田氏が、毛利氏に追従して関ヶ原の戦に敗れ、移住した地。すると、それまで一寒村であった須佐は城下町として整備され、政治・文化・産業の中心地となり、北前船が寄港する港町として繁栄したのです。益田氏20代当主・益田元祥もとよし[1558~1640]が作った整然とした町並みは、今も古地図を頼りに歩くことができるのです。この連載の取材であちこち訪ねて思うのは、町の姿には、かつての領主の器量や治めた土地、人々への愛情が見てとれるということ。

初めての活ウニ

 須佐駅のすぐ近く、ようやくお客様がひいた人気店「梅乃葉」で私たちを迎えてくれたのは、店長(3代目当主)の福島淳也さん。ほっかむり姿で自ら店頭に立って、お客様に対応される姿は気持ちがいい。なるほど「店長」と名乗られるのは福島さんの仕事への心意気ですね。

梅乃葉
店は須佐駅から徒歩約1分。須佐 男命いかやウニのほか、ノドグロ料理などさまざまな海鮮が楽しめる
社長の福島淳也さん(左)は、海の未来のこともしっかり考えて事業を進める、海にまつわる経営のプロ

 早速、海水に浸けたまま赤ウニを座敷に持ってきてくれました。バットの上に取り出すとウニが動いているのです。活ウニを提供して15年になるそうですが、「黒ウニ」と呼ばれるムラサキウニ(旬は3月〜5月)は、繁殖力が強く、磯焼けの原因とも言われるほどたくさんいますが、今回目当てにしていた夏の赤ウニ(旬は6月〜9月)は、幻のウニと言われるほど漁獲量が少なくなりました。「そんなわけで提供できない日もあるのはご容赦ください」とのこと。私たちに説明しながら、赤ウニを海水から出して見せてくれますが、すぐまた、海水の中に戻される。とにかく赤ウニを弱らせないようにといたわる様子から、福島さんの素材や海への愛情が感じられます。「仕入れは人間次第」と言われるように、そういう人柄でないと赤ウニは譲ってもらえないと思います。

希少な赤ウニは、黒ウニのあとに旬を迎える夏の楽しみ。舌触りがなめらかで、香りやコクも優しい。

 お客様が、活ウニを注文すれば、都度、殻を割って、手際よくと言うよりも丁寧に黒いワタを取り除き、薄い塩水(3%くらいかな?)で洗って器に載せて、スプーンを添えて出してくれます。食べる部分(オレンジ色や黄味がかった白色)は卵巣や精巣です。黒いワタが少しくらいついていても大丈夫ですよ。

 初めて食べる赤ウニは、きめ細かくて口当たりが極めてよく、すっきりした甘みを感じました。クリアな分だけ甘みとうま味が際立った一級品のおいしさがありました。対して黒ウニは強い磯の味。アクもあるけどこれはこれで十分おいしい。

黒ウニ(ムラサキウニ)
名物の「須佐 男命いか」は、透き通った新鮮な状態で提供。客のほとんどが注文するそうだ
タチ貝や亀の手など地産の貝がたっぷり入った貝汁も名物!
あまりお目にかかれない亀の手。甲殻類のようなうま味があり、おつまみに最適

梅乃葉
萩市須佐5010-1
☎08387-6-2354
営業時間:11時~14時(営業は昼のみ)
休日:毎月5日、水曜

 福島さんに頼まれて、照れくさいと言いながらもウニ漁師・澄岡良蔵さんが「梅乃葉」まで来てくださいました。名人でもウニは開けて見ないと、中身が詰まっているかはわからないそうです。地球環境、海の様子が変わってきて、楽しい話ばかりしてはいられませんが、須佐の人々のような自然を思う心を持ってあたれば、大自然も応えてくれそうに思います。

土井善晴=文 岡本 寿=写真

出典:ひととき2023年8月号

◇◆◇ 土井善晴先生の新刊 ◇◆◇

おいしいもんには理由わけがある
土井善晴 著(ウェッジ)
2023年8月19日発売

本書は料理研究家・土井善晴さんがキッチンを飛び出して、全国の食文化を訪ね歩いた記録です。たとえば一子相伝の江戸佃煮を伝える職人や、濃厚な食味の牡蠣を育てる瀬戸内の漁業者、華やかな加賀料理の伝統を守る料亭の主人らに会い、出羽三山ではもぎ立ての山菜を山小屋の主人と味わう。
風土が生んだ食材と食文化を体感することで紡がれた土井さんの文章は、時に文化論的思索にもおよびます。
著者初の紀行書である本書は、「一汁一菜」とはまた違う視点から日本の食文化を見つめなおす書であり、土井さんが旅する様子を活写したカラー写真も豊富で、格好の食ガイドも兼ねています。

▼ご注文はこちらから

<本書の目次(一部)>
一子相伝、江戸の佃煮[東京都台東区]
赤福餅と伊勢参り[三重県伊勢市]
南蛮渡来の甘いもの[長崎県長崎市・平戸市]
豊饒の美味、琵琶湖[滋賀県大津市・草津市・近江八幡市]
吉兆と湯木貞一の美学[大阪府大阪市]
百万石の加賀料理[石川県金沢市]
日高昆布は万能昆布 [北海道幌泉郡えりも町]
瀬戸内・国産レモンの島[広島県尾道市瀬戸田町]
香気とうま味の奥八女茶[福岡県八女市星野村]
日生湾のふっくら冬牡蠣 [岡山県備前市、和気町]
古式作りの讃岐和三盆[香川県東かがわ市、高松市]
出羽、芽吹きの山菜[山形県西川町、鶴岡市]

土井善晴(どい よしはる)
1957年、大阪府生まれ。料理研究家、十文字学園女子大学特別教授。NHK「きょうの料理」に出演。『一汁一菜でよいという提案』(新潮社)など著書多数

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