【小田垣商店】黒豆一筋、300年の老舗(丹波篠山市)
丹波篠山市には、老舗の黒豆専門店がある。1734(享保19)年、鋳物師の小田垣六左衛門が金物商として始めた小田垣商店は、丹波の黒豆の歴史に関わってきた。
1868(明治元)年、6代目店主となった小田垣はとが、金物商から種苗商に転業。黒大豆の種を農家に配り、栽培法を教えて、収穫された黒豆を生産者から直接仕入れ、俵に詰めて販売を始めた。1941(昭和16)年には、当時の兵庫県農事試験場によって、黒大豆の優れた品質と特性調査が行われ、「丹波黒」と品種名が定められた。ところが、戦後は米の増産体制が続いて、黒大豆の栽培面積は半減。あぜ道に植えられる「畔豆」となってしまう。
その後、1970(昭和45)年に始まった減反政策により、再び、丹波黒の栽培は急増。作付面積は、畔豆時代の20倍以上となった。以来、特に大粒で品質がいい種子を選んで栽培する系統選抜がなされ、現在は「川北系」「波部黒系」「兵系黒3号」の3系統の丹波黒が店頭に並ぶ。
黒地にくっきりとした白文字で「黒まめの小田垣商店」の暖簾をくぐり抜けた店内は、老舗らしい風格とモダンなデザインが調和し、居心地がいい空間になっている。元は造り酒屋だった屋敷で、江戸後期建造の店舗部分や蔵などを生かし、古材を可能な限り再利用しながら、2年前、リニューアルした。カフェの窓からは、黒豆に見立てた黒石が枯山水を縁取るように敷き詰められた、ユニークな中庭が見える。
「黒豆って、煮豆にしてもお茶にしてもやさしくてほっとする味ですよね」
福森さんが選んだ「丹波栗のパフェ」には、風味豊かな丹波栗の渋皮煮や甘露煮、香ばしい煎り黒豆のチュイルがトッピング。自然に笑顔になる。
仕入れた黒豆は、人の手によって丁寧に選別され、全国に販売される。規格外となったものもすべて加工品として使われ、一粒も無駄にはならない。
「丹波篠山の人たちは、古くからあるもの、地元の土から生まれたものの良さをよく知って大切にしていますよね。その上で新しいものを取り入れる柔軟性もある。だから長く続いてきたのだと思います。私たちが何気なく目にしている土は何百万年も前にできた岩がもとになっていて、用途に合ったいい土は有限です。その限られた土と向き合いながら、作りたいものを作れるのは幸せなこと。私も明日から頑張ろう。そんな気持ちになりました」
土こね、成形、窯焚きと陶芸には、気力と体力が要る。お土産にした黒豆が、福森さんを励ましてくれるに違いない。
文=ペリー荻野 写真=佐々木実佳
──丹波の恵みは、土の恵み。本誌10月号では、焼き物の作り手であり料理家でもある福森道歩さんと畑を歩き、丹波焼の窯を巡ります。丹波焼の魅力に迫りつつ、丹波の黒大豆はなぜ大きく、艶が良いのか、その秘密に迫ります。ぜひ本誌をご一読ください。
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