【沼津のバー文化】都会のバーとは異なる別荘地らしい上質空間(静岡県沼津市)
沼津にはオーセンティックバーが多い。何故なのか。1967(昭和42)年創業のBAR Frankのオーナー相原勝さん曰く「沼津御用邸が建てられたことからもわかるように、ここは保養地としてすぐれた土地で、昔は『海のある軽井沢』なんていわれて、政財界の要人たちが別荘を建てたんです。旧国鉄の時代には東海道線の要所としても栄えていました」。別荘族の社交場としてバーが必要とされ、バー文化が醸成された側面があるのだろうと語る。
「バーテンダーは黒子。カウンターという舞台で、主役は一人一人のお客さま。いかに気を配れるか。そこが肝心です」。相原さんが心得を説いてくれた。
各地の社交料飲店で経験を重ね、その後生まれ故郷の沼津に戻り開業したのは、VICTORYの河守勝次郎さん。河守さんは長く茶道を学ぶ師範でもある。
「伝統芸能とバーにおける身体技法と室内礼法は地続きなんです」
レジェンドの相原さん、河守さんの大きな背中を追う若手も着実に育っている。
TOM'S BARのオーナー坪田智さんは、フレアバーテンディング*の世界大会に創作カクテル「エターナル・フレイム」を出品。カクテル部門で2位を獲得した。バーテンダーとして研鑽を積む一方で、希少なお酒、チーズやシガーを豊富に取りそろえて、他所にはない魅力を打ち出している。
「欧米では、バーテンダーは『ナイトドクター』とも呼ばれます。心のケアをしてくれる夜のお医者さん。私もお客さまに合わせて処方してカクテルをお作りします」
BAR THE PINEのオーナー森俊文さんは、VICTORYでバーテンダーの姿に憧れてこの道に進んだ。専門学校を卒業後、相原さんのもとで修業し独立を果たした。「何歳になっても貪欲に学ぶ師匠の姿勢を尊敬しています。自分はまだまだひよっこ」と謙遜するが、彼もまた日本代表として世界大会に出場した一人。つねに地元の美味しい食材にアンテナを張っており、驚くようなアイデアを取り入れるなど、創意工夫に余念がない。
名バーテンダーがいて、そこにお客が通うことでバーが熟成し、ひいては新しい種が生まれる。「バーは大人のゆらぎの場」とは河守さんの弁。沼津の夜はオーセンティックな空間で心をほどきたい。
文=神田綾子 写真=佐々木実佳
出典:ひととき2023年3月号
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