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川上未映子/すべて真夜中の恋人たち

いま、わたしは三束さんにさわれているんですか。それも、光と似ていますね、と三束さんはわたしに指さきをにぎられたまま言った。ふれるというのは、むずかしい状態です。ふれているということは、これ以上は近づくことができない距離を同時に示していることにもなるから。
川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』

直接的な類似点などひとつもないのに、自分の恋の記憶をよびおこされ、引き戻され、苦しくて主人公・冬子さんと一緒においおいと泣いた。

当時11月この作品を読むのに、ぴったりの季節であるという事は知らずに手に取った。

冒頭は、好きな一文だ。
自他境界について触れられていると感じた。

身体に触れているということは、これ以上は近づけないということ。
どこまでいっても溶け合うことはないということ。

他者はどこまでいっても、長い時間一緒に過ごしても他者であるということ。

この、2人で居る時にふとやって来る寂しさに耐えられない時期があった。

でも今は、この距離こそ尊いのではないか、光のように美しいのではないか、と考える。

波と砂浜、沿岸の湾曲が美しいのは、この境界こそがもたらす美しさなのではないか。

他者との関わりも、きちんと境界を認識した上で慈しみあうことができたとき、初めて光が見えるのではないか。

自他境界の認識の曖昧さから人ともめるのは正直つらい。
どうでも良い相手とはもめない場合が多く、だからこそ余計につらいのだ。

いつだってうまくいかないことばかりだ。

最後に自他境界についての記事を残す。同じ悩みを抱えている人の心が少しでも軽くなればいいと願う。

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