ビジネス書100冊の教えを徹底抽出したコスパ最強な本が過言っぽいな
コールセンターで働いていた頃は、大量のクレームに追われる日々を過ごしていた。その中でも特に多かったのが、初期不良に関するクレームだ。
たとえば、こんなの。
「そちらが売った不良品のせいで、ウチの商売に支障が出ている」
このクレームの主のことは比較的よく印象に残っている。この人のいう“商売”が、いわゆるスピリチュアルビジネスだったからだ。
記憶が曖昧で申し訳ないのだけれど、その人が運営していたホームページでは、こんなことを謳っていた気がする。あと清めた水とか、拝んだパワーストーンとかを売っていた気もする。
私はこれらの拝みサービスを利用したことがないので、効果についてはよく分からない。
ただ、初期不良を理由にクレームを入れてきたということは、不良品に関する悩みは拝みパワーの埒外にあったのだろう。
世の中には、拝んでもどうにも出来ない悩みもある。辛い。
今、改めて振り返ってみても、やはりあの拝みビジネスのキャッチコピーは大袈裟だったように思う。
私はサイトの表記でしょっちゅう顧客とモメていたので、強気な売り文句を目にすると、クレームだらけの悲惨な現場を想像して不安になってしまうのだ。
これ、過言っぽいな〜、お客さんに怒られないかな〜、と。
もし私があのホームページを制作したら、キャッチコピーはこうなっていただろう。数日後には()内の但し書きが2,000字くらいに膨らんでいそうだけど、顧客との衝突は減るハズだ。……多分。
訴求力は低くなるだろうが、過言はバッサリ削ってしまった方がアフターサポートが楽なのだ。
過言とクリシェの叩き売り
過言といえば、少し前に出版された堀元見さんの『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』には過言しか書かれていなかった。
「さっきのスピリチュアルビジネスから、話の持っていき方に無理があるんじゃないか」というツッコミが山ほど寄せられてきそうだが、そんな指摘は来週のゴミの日にまとめて出すとして、まずは表紙をご覧いただきたい。
コレすごくないですか。
進研ゼミも裸足で逃げ出す勢いでベネフィットを提示しまくっている。とにかく何でも良いから詰められるだけ詰めておけといった様相だ。そういう詰め放題セールでもない限り、こうはならない。
そしてこのセールに便乗して、100とか27とかいう数字もいっぱいオマケされている。残念ながら私は6までしか数えられないので、ココは見なかった事にしておこう。
数字に疎いと、思わぬところで躓いてしまうから不便だ。私も進研ゼミをやっておけば良かった。
目次もすごい。早起きするとか、理想の自分をイメージするとか、メモを取るとか、なんかもうビジネス書クリシェの叩き売りみたいな状態ですごい。あの表紙が虚仮威しではない事がすごく伝わってくる。すごい構成ですごい。
表紙と目次だけでも何となく成功できそうな気がしてきた。
もしかしたら私以外にも、この段階で会社に退職願を叩きつけ、そのまま成功の黄金律をめぐる、探求の旅へ飛び立ったオイフォーリオンが数名いたかもしれない。
さっきも述べたけれど、この本には過言しか書かれていない。
こういうのとか……
こういうの。(過言である)
ここら辺にいたっては過言とかそういうレベルを超越している。もう嘘じゃん。
死と隣り合わせで生きるストリートギャングくらい刺激的な書きっぷりだ。ハイパーグルメリポートとかで取材されてそう。肝心の堀元さんは餓死寸前だけど。
部屋でビジネス書を読んでいるだけなのに、なぜこんなに大袈裟な表現ばかり出てくるのか。ビジネス書ビギナーなりに少し考えてみた結果、堀元さんは本書の執筆に「もりもりトレーニング」を活用していたのではないかと思った。
もりもりトレーニングとは、ビジネス書『超一流の雑談力』で紹介されているテクニックだ。話を少し盛ると、相手が食いつきたくなる面白い雑談ができる、みたいな技である。
具体的な活用法などについては、以下の動画で詳しく紹介されているので、気になる方はこちらをご参照いただきたい。ちょうど該当の場面から再生されるように設定しておいた。
話を堀元さんの著書『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』に戻そう。
私はさっき、本書には過言しか書かれていないと述べたけれど、それは間違った解釈だったかもしれない。もりもりトレーニングのように、ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった執筆の黄金律のようなものを駆使して書いた作品なのかもしれない。
本書に書かれていたその名言、その意見、その批評、そのカリスマ、そのギャグ、そのセンス。すべて過言っぽいのだが、時折チラつく超成功、成功言い張ってくたばっていく感じには、どことなくリアリティがある。
堀元さんの書いていることは単なる過言なのか、それともトレーニングの賜物なのか。
考えれば考えるほど分からなくなってくる。書名には『100冊読んで分かった』とあるけれど、私は逆に分からなくなっている。開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった気分だ。
これ以上考えると私も「教訓迷宮(ビジネス・ブック・ラビリンス)」に迷い込んでしまいそうなので、深入りせず曖昧なまま放置しておくことにした。
だってその方が意味深でかっこいいじゃん。
無為に生き延びるのは難しい、VUCAの時代は祈るべき
現代は、VUCA(ブーカ)の時代と呼ばれているらしい。
毎日のように新しい製品や技術が生まれ、それによって人間の仕事をAIが肩代わりするようになってきた。
こうした情勢に対して、巷のビジネス書は結構な確率で「AIに仕事を奪われるな!」と主張している。1ばんどうろのポッポくらいよく見る。堀元さんが読んだビジネス書にも、たくさんのポッポがいた。かわいいね。
その結果、本書では『AIに仕事を奪われたくなければ……』というコラムが8ページにわたって掲載され、著者の堀元さんはノイローゼになりかけていた。
一見、これも過言っぽく見えるけれど、私は確かに配信で憤死しかけている堀元さんを目撃したことがある。だからノイローゼに関しては過言じゃないと思う。
どちらかというと、私はできるだけ怠けて生きていきたい人間である。
なので、代わりに働いてくれるならAIでも何でも大歓迎なのだけど、ビジネス書の著者たちの意見は違うようだった。
彼らはAIに仕事を奪われることに恐怖心を抱いていた。それはもうハチャメチャに怖がっている。猫も杓子もAIアンチだ。
恐るべきAIに対抗するため、ビジネス書業界では様々な教えが空中戦を繰り広げている。だがその中でも「祈れ」という教えには他の追随を許さない力強さがあった。
ポッポたちの微笑ましい小競り合いに、レックウザが突然ガリョウテンセイをぶっ放してきたくらいの衝撃だ。
簡潔にまとめられるか自信がないのだけど、やってみよう。
この「祈れ」という教え、どういうことかと言うと「今後、機械的な作業はAIに代替されてしまうので、人間にしかできない祈る力を磨いていこう」みたいな主張である。
今これを読んで鼻で笑った人が数人いると思うけれど、過言とかそんなんじゃなくてマジでこう書いてあった。信じてほしい。祈るから。
祈りの効果は絶大らしい。
まず、ろくでもない会議に呼ばれなくなる。あなたがムダな会議に出席しなくてはならない場合、会議室のホワイトボードや資料に触れながら「よろしくね」と祈れば良い。
こうすると会議室が神社化し、徐々にろくでもない会議(と、大事な会議)に呼ばれなくなるそうなのだ。曰く、神社は大変なパワースポットであるため、神社に行っていれば人生は上手くいくとのこと。
自分ではどうにも出来ない悩みはなくなり、あらゆる問題が解決へ向かう。何より、祈る力はAIに代替されない。だから現代人はみな祈るべきなのだ。拝むのではなく。
あの拝みビジネスの顧客も祈ることができていたら、初期不良の悩みをアッサリ解決していたかもしれない。拝みでは、場を神社化できないのだ。
まあ、だからと言って、あの顧客に「祈っとけば良かったじゃん」とケチをつけるつもりはない。あの人にまったく落ち度はないのだから。悪いのは不良品を売ってしまった私たちである。
たとえ悩みを解決できなかったとしても。よくよく話を聞いたら、商品が動かないのは初期不良でも何でもなく、単なる設定ミスが原因だったことが発覚しても。あの人は何一つ悪くないのだ。
ただ、拝みビジネスのキャッチコピーはどう考えても言い過ぎなので、これだけは直した方が良いと思う。
ヨシ!
祈ったり拝んだりすることで事態が好転するケースもあるだろうが、VUCAの時代を無為に生き延びるのは難しい。
疑っているワケではないけれど、やはり神頼みだけで世渡りをするのは何とも心細い。では、どうしたら良いのか?
青鯖顔で教えを眺めるということ
堀元さんが出した答えは「自分の頭で考える」である。
すごく真っ当で普通の教えだ。彼が読んできた100冊のビジネス書には「強い信念を持てば必ず成功する」とか「メモは世界を大きく動かす」とか、派手な教えがいくらでもあった。
そんな華々しい教えの先に待っていたのが「自分の頭で考える」というのは地味というか、肩透かしではないだろうか。もっとこう、人生大逆転できるような画期的な答えを期待していたのだけど……。
即効で論破されたわ。悔しい。
成功の黄金律を求めてノウハウをかき集めた結果、何の変哲もない答えに行き着くのはどの業界も同じようだ。
たとえば私はデジタルイラストを描き始めた頃、絵を描かずにイケてる加工法や良さげなブラシを探し回っていた。即効で、簡単に、見た者の心を打つ絵を描くための答えを、誰かが与えてくれるんじゃないかと期待していた。
これは私が2012年に描いたイラストである。
確か「創作活動の楽しさを伝える」みたいなテーマで描いたと思う。
テーマのダサさとか構図とか配色とか、ツッコミたいところは山ほどあるのだけど、この絵の致命的なミスは明確な意図もなくテクスチャを張りまくったことだろう。
まず混乱するのが、人物に薄くかけられているヴィンテージ調のフィルターである。恐らく若いであろう二人に、なぜベテラン作家みたいな加工をしているのか。
このせいで、男の子の頭がカビているように見えてしまう。時代遅れっぽくなっているのが残念だ。全然クリエイティブに見えない。
全体の彩度を落とすセピア調の加工ではなくて、もっと強めに照明を当てて彩度と明度を上げた方が良かった。
さらにヘッドフォンやインクなどの小物を描き足せば、キャラクターの個性を表現できただろうし、彼らが「新しいモノを作るぞ!」と意気込むクリエイティブな若者だと伝わりやすくなったと思う。非常にもったいない処理だ。
次に問題なのが、背景に使用されているフリー素材だ。
手書き風のポップな画像で可愛いのだけれど、今回の「創作活動の楽しさを伝える」というテーマには合っていない。素材は良いが、使いどころを間違えている。
そもそも、この素材は水玉の他にもレースや花柄といった装飾が散りばめられていて扱いが難しい。
当然、過去の私もソレを活かしきれておらず、主役であるはずの人物よりも背景に視線が誘導される仕上がりになっている。背景が主役になってしまっているのだ。
これでは、このイラストをどう鑑賞したら良いのか分からない。
フリー素材をベタ置きするのではなく、面倒でもスタジオなどの背景を描いた方が良かった。そうすれば、彼らが何かしらの創作をしている人物だと、より直感的に理解できただろう。
ーーとまあ、ダメな点を挙げているとキリがないのだけど、当時の私がこんなミスをしてしまった理由は一つしかない。考えずに描いたからである。
何となくテーマを決めて、何となく描いている。ネットサーフィンで必死にかき集めた素材やブラシも、闇雲に使っていては意味がない。そんなことをして出来上がるのは、第三者視点が欠落した独りよがりな絵だ。
当時の私がするべきだったのは、自分の頭で考えることだった。
鑑賞者が自分の絵を見たとき、面白がってほしいのか、怖がってほしいのか。それを伝えるために必要な演出は何なのか。
創作活動の楽しさを伝えたいのなら、鑑賞者をワクワクさせなくてはならない。ワクワクとは興奮だ。高揚だ。人物は斜めに配置した方がダイナミックで躍動感のある構図になっただろう。清潔なシャツではなく、汚れた作業着を着ていた方が、彼らが創作に夢中になっていることを伝えられたに違いない。人物がどちらも紙モノを持っていては属性が近すぎるので、一人が絵描きならもう一人は立体造形に打ち込んでいた方が良い。キャラクターが持つアイテムはもっとよく観察して丁寧に描かなければならない。
そういう事をしっかりと突き詰めるべきだったのだ。神絵師が使っているブラシの収集に精を出すのではなく。
絵を描くという行為に、センスやひらめきはそこまで重要ではない。インスピレーションだけで美しい絵が描けるのは相当な感覚派だけである。
感覚で絵が描けない私のような者は、些細なひらめきを魅力的に伝えるための舞台設定を、ポージングを、アングルを、地道に考えていくしかない。構図がどうとか照明がこうとか。
たった1秒、自分の絵を見てもらうために泥臭い作業を10時間やるのだ。表現とはそういう活動である。たった1秒のために知恵を絞るのである。
そしてこれはイラストに限ったことではない。先ほども述べたように、変わることができるのは、自分で考えて動いた時だけである。何事においても。
月に届くほど大量のビジネス書を読んだとしても、自分の頭で考えて教えを吸収しなければ何も変わらないのだ。1TB分のフリー素材を集めても、画力が一切上がらないのと同じように。
メンターに言われるまま、何も考えずに「ツイてるツイてる……」と唱えている場合ではない。
とはいっても、自分の頭で考えるのは大変だ。言われてすぐ出来るようなことではない。考える力とは、どのようにして養われるのだろうか。
その訓練として堀元さんが勧めていたのは、アート鑑賞だった。
ここで大事なのは「視点を追体験する」ということだ。
堀元さんはアート鑑賞を勧めているけれど、私は視点を追体験できるのなら対象は何でも構わないと思う。文学作品でも、メイクでも、建造物でも。
漫画やアニメも広義的にとらえればアート作品といえそうだし、別にアートじゃなくても良い。スマホアプリでも余り物のタマネギでも、興味があるのならそれを観察すれば良い。ラー油の容器の進化の過程とか。
くれぐれも、青鯖が空に浮かんだような顔で漫然と眺めてはいけない。それは鑑賞ではなく消費である。
そして私は今回、本書『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』を鑑賞してみることにした。
なぜなら堀元さんがこの本を「現代アート」だと言い張っているからである。私にはジョーク本にしか見えないモノを、著者本人がアートだと主張しているのだ。
アート作品について、ここで少し説明しておこう。
アートは、タネ・根・花という3つの要素から構成される。アーティストはまず世界に「興味のタネ」を持ち、そこから好き勝手に「探求の根」を広げる。その探求の先に現れるのが、作品という「表現の花」だ。
そして堀元さんはビジネス書に興味(タネ)があり、それを100冊読んで探求の根を広げた結果、本書という表現の花が誕生した……ということらしい。
彼の作品は本書単体では完成とは言えない。Amazonやtwitterで交わされる議論やレビュー(または阿鼻叫喚)を取り込んで初めて完成するのだ。食虫植物かな?
現代アートには、展示空間そのものを作品とみなす「インスタレーション」という手法がある。本書も、読者やインターネットを巻き込んだ一つの作品だと考えれば、確かにインスタレーションアートだと言えるかもしれない。
そうだとしたら、ビジネス書を読むライブ配信は、アーティスト(堀元さん)自身が作品に組み込まれているのでパフォーマンスアートと呼べるかもしれない。過言かもしれない。
とにかく、堀元さんは本書を現代アートだと主張しているし、思考トレーニングとしてアート鑑賞を勧めている。
そして私は自分の頭で考える力がほしかったし、幸いなことにその教材がいま手元にある。これはもう何かの巡り合わせという他ないだろう。自分なりに、堀元さんの視点を追体験しようと試みた。
本書を通読するのはもちろん、冒頭から末尾まで写経してみたり、表紙のデザインをillustratorでトレースしてみたりした。思いつくアプローチは一通り試してみたつもりだ。
様々な角度から本書を鑑賞するうちに、いたずらに消費していたら見落としていたような事柄が段々と見えてきた。
長らく記憶の外にいた拝みビジネスの顧客のこと、10年前に描いた拙いイラストのこと、そして何より、時間をかけて一つの作品を鑑賞するのは豊かで楽しい行いだということ。
こうして自分なりに探求の根を広げた結果、表現の花として私は今このnoteを書いている。
単なる読書感想文にしてはネルソン提督っぽすぎるし、言っていることが的外れでパリティビットが意味をなさない品質かもしれない。でもそれが何だというのだ。
本書の読み方は限定されていない。私のような妙ちきりんな読み方をする人間がいても良いはずだ。
途轍もなくアクロバティックな読み方をしている、という指摘が多数飛んできたならば、私は「本記事は現代アートである」と突っぱね、食虫植物として第二の人生をスタートさせるつもりでいる。これは脅しではない。
もちろん本書で得た学びも多くあった。その一つが“願い”です。
皆さんは、現状にどれくらい満足していますか? 50%? 70%? あ、100%なんて方もいらっしゃるんですね。
今回お伝えする“願い”の力があれば、あなたの人生はみるみるうちに好転し、150%以上満足のいくものになります。
「一体なにを根拠に言ってるんだ?」と思いますよね(笑)? ご安心ください。今から統計データをお見せします。
このグラフでお分かりいただけるかと思いますが、日常的に願っている人は、そうでない人に比べて幸福度が3倍以上も高かったのです。
そう。“願い”とは、<激動の時代を生き抜くための武器>なのです! そういっても過言ではありません!
もともと私は、どこにでもいるコールセンターのオペレーターでした。卒業したのは偏差値40にも満たない落ちこぼれ高校です。
しかし、この“願い”メソッドに出会ってから私の人生は180度変わりました。
一分だけ時間をください。
つい先日、スーパーに買い出しに行ったときのことです。私は売り場に陳列されているシャケおにぎりを購入しました。
帰宅後、「美味しいと良いな~」と“願い”ながらソレを食べたところ、なんととても美味しかったのです! 私の“願い”が見事に成就した瞬間でした。
みなさん、これが“願い”の力です。
なにも私が特別だったから起きたことではありません。誰にでも再現可能な力です。繰り返しますが、私はどこにでもいるコールセンターのオペレーターでした。そんな私でも人生好転できたのです。
だからこそ、この“願い”の力の凄さが分かりますし、皆さんにも実感していただけると確信しています! 今回は、そんな“願い”の極意を余すところなくお伝えします。
あ、申し遅れました。私の名前h
今回紹介した本など
ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金率
メインで紹介した本。
元ネタは『起業本100冊読んで教えを実行したら、駅でかぼちゃを食べさせられた』という記事。
今回紹介した教え以外にも「メモの魔力」とか「神メンタル」とか、ファンタジックなことがいっぱい書いてあってオススメです。ビジネス書は魔法が好きっぽいな。
残念ながら私はマグルなので、魔法が必要になったらカードショップで遊戯王カード買ってこようと思います。
記事では紹介しきれなかったんですけど、本書の“あとがきにかえて”がメチャクチャ好き。実体験のエピソード、もっと読みたかったです。
教養悪口本
こちらも堀元さんの著書。
「オイフォーリオンが飛んだ!」や「青鯖が空に浮かんだような顔」、その他もろもろの悪口はココから引用しました。どうですか、このボキャブラリーをスタックで管理した完璧な動き。
タイトルに『教養』とある通り、読むだけでマウントが取れそうなうんちくが沢山書かれていて面白いです。
(うんちくを利用してマウントを取ろうとする行為に教養はあるのか、というツッコミは後でメルカリに出品しておきます)
長文アレルギーの友人に無理やり読ませたら、読書好きになってくれて共通の話題が増えました。そして今その友人から本を5冊借りています。
note書いてないで早く読まなきゃ。ヴァレンヌ逃亡事件じゃないんだから。
神っぽいな
アイキャッチと挿絵のパロディ元。
キング・オブ・クリシェと言っても過言ではない“Gott ist tot”(神は死んだ)が核になっている曲。展開が読めない構成と、辛辣な皮肉でこちらをグサグサ刺してくるのが気持ちよくて好き。
歌詞の内容と、堀元さんの配信で脊髄反射的に「クリシェ!」と言っちゃう人が重なってしまったので引用しました。
あと私が個人的にピノキオピーさん好きなので……。
挿絵を描くために動画を再生しまくってたら、YouTubeのオススメ動画が『神っぽいな』の替え歌と音MADだらけになりました。これから猫の動画とか見てバランス調整しようと思います。
超一流の雑談力
もりもりトレーニングの元ネタ本。エアプ。
成功している人は、なぜ神社に行くのか?
会議室を神社化する方法が学べる本。エアプ。
おまけ(ボツサムネ集)
実は今回のアイキャッチ以外にもボツにしたイラストがあと2枚ありまして、折角なのでボツ理由と一緒に残しておきます。
ボツサムネその1
ボツ理由
右半分の余白に入れる文字が思いつかなかった。
書影で左目の大部分が隠れてしまった。
似た発想のファンアートがすでに何枚か投稿されていた。
2022年のエイプリルフール企画で生まれたVtuber「堀元みえる」ちゃんが、本書の発売をお知らせしている、というコンセプトで描きました。
可愛く描けたので個人的には気に入ってるんですけど、これにカッコよく文字入れをする技術がなかったためボツに。
ボツサムネその2
ボツ理由
肝心の書影が小さすぎる&指が被っている。
元ネタのビジネス書を茶化しすぎている。
マジで無関係な言語オタクの人が理不尽に巻き込まれている。
ビジネス書100冊読むライブで爪痕を残した『世界最高の話し方』のパロディ。
堀元さんの本の話をしたいのか、ビジネス書の話をしたいのかイマイチ分からない画面になってしまったためボツにしました。あと身内ネタがすぎるかなと。
いま見ると水野さんが一番ノリノリな顔をしているのがちょっと面白い。
▼『世界最高の話し方』の堀元さん評はコチラ!
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