能管と中之舞
ラグビー部の後輩、
しょうぶんは最近、
能管を吹き始めた。
能管とはお能で用いる
笛のことである。
しょうぶんの親父は
フルート奏者だった。
遊びで能管を吹いていて、
しょうぶんのものとなった。
素晴らしい笛である。
親父は能管の名人、
一噌幸政に習っていた。
しょうぶんも一噌流の
八反田智子先生に習い始めた。
正座して「中之舞」を吹く。
「ヲヒヤ・ラーイ・ホウホウヒ」
「ヲヒヤヒュイ・ヒヒユーイウリ」
口で歌う唱歌で「中之舞」を覚え、
それに合わせて奏でていく。
能管はすべて暗譜なのだ。
子供の頃に父を真似て
ピーピー吹いて褒められた。
習う前にそれを思い出し、
自分勝手に練習していた。
稽古でいきなり叱られた。
「自己流の癖を取り去って」
「笛を吹きたがらないこと」
所作は一切目立たぬように。
己の存在を消すくらい」
「息を吸うとき大きな動作はしない」
お能では能管は打楽器である。
メロディーを聴かせるのでなく、
唱歌を歌いそのリズムを大切に、
腹を使ってしっかり吹くこと。
遠くまで聴かせるように。
しょうぶんは田んぼの高架下に
クッションを敷き正座して稽古。
蛙の声や鳥のさえずりを聴き、
夕陽を眺めて毎日のように吹く。
いまは天国にいる親父さんが
聴いてくれていると思いながら。