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ざっくり文体論コラム。ホームズと犯沢さんでわかるレトリックのサスペンス効果。【情報待機2】 #12


ざっくり文体論コラム~🎉🎉🎉
配列の原理、4回目!

ではさっそく今回も、レトリックにおける配列の原理をやっていきたいと思います。

前回の内容はこちら!

📚情報待機

前回は、読み手が欲しくなる情報をあえて後回しにするレトリック、情報待機についてやりました。
スキをまだ押していない方はリンクからじゃんじゃん押してってくださいね!

今回は情報待機セットの第2弾ということで、未決法というレトリックを扱います。

行ってみましょう!


レトリックのおさらい。



はじめての方もいらっしゃると思うので、軽くおさらいをします。
(すでに読まれたことがある方は次の見出しまでジャンプでOKです。)

まず、ここで言うレトリックとは一体どういうものなのか。
それについて、私の推し本である中村明先生の『文体トレーニング』から引用して説明します。

「レトリック」ということばは文章のうわべを飾るまやかしの技術といった、虚飾のにおいがしみついている。だが、真正のレトリックは的確な表現を選び、あるいは考え出す行為としての方法のすべてなのだ。

厚化粧をしたデコラティヴな文章の時代は終わった。レトリックは今、もっとも基本的な表現技術としてよみがえる。

中村明『文体トレーニング』


ざっくり文体論コラム
は、私の勉強noteでもあります。
学んでいる過程をそのまま共有していくように、ざっくり書いていけたらと思います。

📚

では、さっそくレトリックの中身について。

レトリックとは以下の2つの在り方があり、7つの原理に分けられるとします

展開のレトリック
1.配列の原理
2.反復の原理
3.付加の原理
4.省略の原理
伝達のレトリック
5.間接の原理
6.置換の原理
7.多重の原理

中村明『日本語の文体・レトリック辞典』

これらの原理に基づき、あまたの文彩が定義されているとします。

文彩/文采 ・・・ 1 取り合わせた色彩。模様。色どり。あや。  2 文章の巧みな言い回し。

その文彩の中身を見ていくのが今回の試み。
今は入口である配列の原理を勉強しています。
言ってみれば、まだ最初のダンジョンの途中です。

これから扱う内容は、前回触れた情報待機の詳しい中身。
未決法誤解誘導です。

未決法 ・・・ 情報を待機させて文意を宙吊り状態に置く修辞技法。
誤解誘導 ・・・ 必要情報を故意に伏せて誤った思い込みを誘う修辞技法。

中村明『日本語の文体・レトリック辞典』

まずは未決法から見ていきます。


概説、未決法。



未決法は、本来の意味を読者に与えずに文章を書き進める修辞技法です。

具体的には、物語を進めつつ重要の情報は明かさずにおき、明かすタイミングを先延ばしにします。

この場合のある情報とは、物語の展開に関わる中核的な事実であることが多いです。種本では、情報を与えずに物語を進めるこの書きぶりを「文意を宙吊り状態に置く」と表現しています。

その場面なり全体の構造なりを完全に把握させないようにし、未解決である感じを意図的に引き起こす情報の操作が未決法です。

これも、序次法と同じく教科書的な説明だけでは「そのくらいわかるわ」みたいな話なので、具体的に事例をまじえます。

📚

まず、未決法というレトリックが頻出するジャンルがあります。
すぐにピンときた方も多いかと。
お察しの通り、ミステリです。

探偵小説や推理ドラマは、物語の進行の多くにこの未決法が取り入れられています。

ざっくり言えば、まず事件の説明だけがあって犯人がわからないという状況から始まり、徐々に情報を与えられ、最後の解決編ですべてが明らかになる。

こうして、明かすべき事実を先延ばしにしたまま物語が進むようプロットし、それを遵守して文章を書き進めていく。
つまり未決法ということです。

もっとざっくり言いますと、『金田一少年の事件簿』や『名探偵コナン』で見かける「登場時に黒塗りで正体が隠された犯人」は擬人化された未決法そのものです。

つまり犯沢さんは未決法の化身です。
文章表現のレトリックを漫画表現に落とし込むと全身黒タイツが出来上がるというユニークな好事例ですね。

ともあれ、ミステリというジャンルは、未決法をフル回転させて読者のハラハラドキドキを維持しつつ、最後にイッツ・ショータイムという流れがしっかりマッチします。


概念としてどういうものであるかはおおよそ示せたかと思うので、今度は事例となるエピソードを直接引用し、文章表現の面から未決法にアプローチしていきます。


実践、未決法。



未決法は、単にミステリの謎解きエピソードを下から支えるパーツの1つ……というわけではありません。
このレトリックは、物語や人物をより魅力的に見せる効果を持っています。

今回の題材は、せっかくなのでミステリのジャンルから。
コナン・ドイル作『シャーロック・ホームズの冒険』に収録されている『赤毛組合』の一節を引用します。

では、さっそく本文を御覧ください。

私はホームズのやり方をまねて、じっくりと観察し、容貌や服装から何か分かることがないか、探ろうとしてみた。

まず、語り手であるワトソンが依頼人を観察するシーンです。
ここで彼がホームズに倣って依頼人を観察してみるも、

しかし、私の観察では、これといった成果はなかった。この依頼人は、どう見ても、ごくふつうの平均的な英国商人でしかなかった。

あえなく試みは失敗に終わり、ワトソンの観察結果というていで一見平凡な依頼人について述べます。
重要なのは、ここで読者に対し最初の情報開示をしているという点です。

肥満体で、もったいぶってえらそうな態度、やや大きめの白黒チェックのズボンをはき、薄汚れたフロックコートを着て、くすんだ茶色のベストの前ボタンをはずして、太く安っぽい時計鎖をかけ、その端に四角い穴の空いた金属片の飾りがぶら下がっていた。すり切れたシルクハットと、ビロードのエリがついた、しわだらけで色あせた褐色のコートが隣のイスに置かれていた。変わった点といえば、燃え立つように赤い髪と、とにかく悔しく不満そうな表情をしていることくらいで、全体としてごく平凡な人物に見えた。

あえてごちゃまぜにしたような書きぶりで開示しつつ、この『赤毛組合』のエピソードにおける中核的な事実には触れない文章となっています。
(次の展開につながる特徴は含まれていますが……)

これがワトソンの思惑を察したホームズの行動につながり、

シャーロックホームズはたちまち、私が何をしているか見破り、ニヤリとして頭を振った。

そして、

「そうだな、確実に分かることと言えば、彼は過去の一時期、腕力を使う仕事をしていた、嗅ぎタバコをやり、フリーメーソンで、中国に行ったことがあり、さいきん多量の字を書いた、これくらいかな」

シャーロック・ホームズによる“いつもの看破”が始まるわけです。
ついでに、看破された依頼人側のリアクション。

ジャベズ・ウィルソン氏はイスから立ち上がった。視線はホームズに釘づけだったが、人差し指はまだ新聞を指したままだった。
「いったいなんで、そんなに色々分かったんですか?ホームズさん」

はい。
未決法フル回転のあざやかな文体構造です。

このレトリックにより、単なる設定説明文が、ワトソンの仕草やホームズの魅力を示す情景のエピソードに変化しています。

読み手はワトソンを通じてホームズの魅力を感じ取り、次から次へと明かされていく事実を追うようにしてページをめくり、読み進めていくことになります。

また、『赤毛組合』を通読した方はお察しかと思いますが、これらの文章中でもちゃんと後の展開につづく設定に言及されているのも、また気持ちいいポイントですよね。

そしてすべてを察したホームズは、赤毛の依頼人が持ってきた奇妙な謎とその背後に隠れた真実を世に晒しだすべく、現地へと向かいます。
決戦は夜。そこからはもう、ホームズたちの見せ場ですね。

📚

ということで、今回はシャーロック・ホームズと犯沢さんを通じて未決法の話をしました。

未決法は、作者が抱える物語の中核的な情報を、どのタイミングで読者に明かすか、という情報操作が文章配列に反映されるレトリックでした。

地の文で衝撃的に明かすこともできれば、ホームズのようにセリフとして使い人物の魅力を引き立てるのにも活用できるでしょう。

人物の魅力を引き出したり、平坦な文章にメリハリをつけたりするのにも一役買うレトリック、未決法。
これを種本の著者である中村明先生は、「《未決法》のもたらすサスペンス効果」と評しています。



次回に向けて。


さて!
ここまでお読みいただきありがとうございます。

前回にひきつづき情報待機セットの話をしました。
序次法セットとこの情報待機セットは文章の配列における基礎の考え方になります。
組み合わせれば様々な段落や配列をつくれるので、頭の片隅に置いておけばなにかと便利です。

これらをなんとなく把握して文章の塊に触れると、文章や段落をいくつかの括りとして見ることができるようになります。

あるていど括ることができてしまえば、提供したい文意にあわせてパズルのように文章を組み合わせたり崩したりすることもできるでしょう。

知り得た分采が直接自分の文章表現にも活かせそう、というのが文体論の面白いところですね。

📚

では、今回のざっくり文体論コラムはいったんここまでといたします。

情報待機の手法は、ミステリジャンルだけでなく昨今の「クライマックスを最初に持ってくる」といった展開の工夫など様々な形で活用されています。

次回お話する誤解誘導もあわせ、このあたりのレトリックはイキイキと感じられて色々語りたくなってしまいますね。

ともあれ、次回の誤解誘導までお話して、情報待機セットの回はひと区切り。
そこからはまた新しい配列の原理のお話。

伏線とかね。どんな話になるか私自身楽しみです。


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それでは次回もお楽しみに。
今日もよい一日を。

ななくさつゆり

余談ですが、ホームズ作品は『赤毛組合』と『ボヘミアの醜聞』が特にお気に入り。『ボヘミアの醜聞』は原題の『A Scandal in Bohemia』というフレーズの響きの格好良さ含みで好き。
コンプリート・シャーロック・ホームズは本当に神サイトです。

参考文献
📚日本語の文体・レトリック辞典(中村明)
📚コンプリート・シャーロック・ホームズ『赤毛組合』(コナン・ドイル)
📚名探偵コナン 犯人の犯沢さん1(かんばまゆこ/青山剛昌)


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