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短編小説 神屋宗湛 - 砂浜に町を描いた男 - (5)了

前回:短編小説 神屋宗湛 - 砂浜に町を描いた男 - (4)

高札場こうさつばの砂塵



 背振山地の山間から午前中の陽が博多を照らす。
 山から降りてくる風と海からそよいでくる風とが町に張られた縄を揺らしていた。
 町割りがはじまった博多は俄かに騒がしくなり、近隣からも様子見ついでに普請に加わる者達も日増しにふえて賑わいはさらなる様相を呈していた。

 島井宗室は、普請で喧しい様子を高札場のそばで眺めつつ、
「成ったな。町割り」と、呟きながら着衣の砂埃を払う。
 宗湛は汗を拭い、
「徳さんは気が早い。何事もこれからです」
 と、言葉を返すも、
「成ったようなものだ」
 と答えて宗湛の言葉をさらりと受け流した。
「関白様の後ろ盾あらば、日の本で為せぬことなどなかろう」
 宗室はつとめて冷静に場を見つめて言う。

 そこに、先ほどまで櫓の上で町割を監督していた石田三成が現れた。
「博多衆とは、早耳の集まりですかな」
 三成は砂煙を手で払いのけながら高札を一瞥する。
「既に町人の間では、この定の話で持ち切りのようで。触書が早く広まるのは大いに結構。ですが、こうも早いと少々腑に落ちませぬ」
 宗湛らを見、
「もしや、その方ら。博多の年行司ねんぎょうじにこのことを昨夜の内から伝え漏らしたか」
 と、やや冷めた視線を浴びせてきた。

🌊

 宗湛は慌てた様子で肩を揺らし、首を横に振る。
「滅相もございません。我らが定を拝見したのは今朝のことでございます」
「それにしては、奇妙な程に早すぎる」
「ご安心を」
 宗室が間に入り、遮るように申し出た。
「博多には単に早足の者が多くおるのです。定の広まる早さはそれ故に」
「早足?」
 三成は眉ひとつ動かさず端的に問い返す。
 宗室は宗湛の方に向き直し、
「貞清。丁度今であれば、近くに“あやつ”がおるであろう」
 珍しく、したり顔でそう言った。
「……ああ、成程」
 宗室の企みを心得え、宗湛もまたこの男の言葉を反芻する。
「石田様。ご心配には及びませぬ。単に博多には早足の者が幾らかおるというだけです」
「それは聞き申した。して、その早足とはいかに」
「今お呼びしますのでしばしお待ちを」
 宗湛はあばら家の並ぶ軒に向かって声をかけた。

🌊

 屋根のひび割れた瓦の上で陽光の粒が跳ねている。
 宗湛が、
貞助さだすけ!」
 と空に向かって叫べば、屋根に乗って作業していた若い大工のひとりが振り返った。
 宗湛が手を振ると、喜色を浮かべて屋根を軽やかに飛び降りる。
「お呼びですか、父上!」
 宗湛はゆっくり頷いた。
 が、飛んできた若者に対し、先に突っかかるのは宗室の方である。
「また屋根の上で昼寝でもしておったのか、半助」
「め、滅相もない。博多衆として割れた瓦礫を集めておりました。それに、お言葉ですが宗室様。今の私は堺の喜助ではなく博多市小路いちしょうじ神屋貞助かみやさだすけ……」
 一歩後ずさる貞助の返事に、宗室は片方の口角を上げて応じた。
「そうさな。だが、まだお前は堺と博多の気風が半々。せいぜい半助と言ったところだ。町割の大仕事、しかと勤め上げよ」
「も、もちろんでございます!」
 宗湛は、ふたりのやり取りひとしきり眺めてやわらかく笑う。

🌊


「で、貞助。他の小走りには伝えてくれたかい」
「無論です。触書ふれがきの事を知って、皆いっそう町割に精を出している次第」
 貞助という若者は心躍る身振りを含ませ、その場で走る真似をして見せた。
 それから三成の方を見やると目を丸めて驚き、慌てて跪いた。
「これは石田治部少輔様! た、大変ご無礼を……」
 対して三成は表情を動かすこともなく淡々と、
「構わぬ。貞助とやら、跪いては町割に励めぬであろう」
 と、起立を促した。
 貞助は欣然として立ち上がる。
「それより貞助とやら。宗湛殿らの話を聞く限り、お前は早足で今朝早々に掲げた定の仔細を町の者へと瞬く間に伝えたとか」
「はあ。自分、小走こばしりでございますので」
 貞助は、三成の意図を呑み込めないままに首肯する。
「小走り? 小走りとは何ぞ」
 三成は問い返した。

 貞助は一瞬返答に詰まるも、さらさらと自らの役割を説き始める。
「飛脚の真似事です。博多の年行司さんらの指示で町を走り、報せを急ぎ伝える役目を仰せつかっております」
 さらに、宗室が貞助の言葉を補足する。
「小走りが些細な報せにもこまごまと走ることで、博多に網を敷くのです。我らはこうした若者衆を博多小走りと呼んでおります」
 宗室や宗湛もまた、博多小走りを使う側のひとりであった。
「博多小走り……」
 貞助は、自治都市博多を運営する会合衆の下であちこち走らされているという。

 三成が幾つか問いを並べていたところで、市小路の方から貞助にお呼びがかかった。
 三成は「よい。手間をかけた」と手を振って貞助を促す。
 貞助は頭を下げて踵を返したが、早足と耳にした通り、貞助の去り行く速さは尋常ではなかったらしい。常に平静を装う三成も無言で目を見開いた。

🌊

 宗湛は三成に尋ねる。
「ご納得いただけましたかな。ああした早足の者をそれぞれの町筋から幾人か見繕い、常に巡らしております。だいたいは商人の子や手代が片手間にやるものです。町の筋――関白様に名付けていただいた『ながれ』は、まさに小走りが担う町筋に則っておられました」
 三成は呟く程度の声量で宗湛に問いただした。
「あれは貴殿の間者ですかな。神屋と申しておったが」
「いえ。あれは単にそれがしの愚息にて」
 宗湛は首を横に振る。
「石田様。今朝、確かに私は貞助に定の報を頼みました。ですがそれは、博多を今一度大きく盛り上げたいが一心のこと。此度の町割。我ら博多衆がどれだけ待ち望んでいたか。一刻も早くこの報を、知らせたくてたまらんかったのです」
 三成は、目を閉じてしばらく黙考し、
「そういうことに致しましょう」
 踵を返して、砂煙の及ばない櫓の方へと戻っていった。

 この、神屋貞助をはじめとした博多小走りと博多衆の面々は、町割りを通じた復興の最中に様々な騒動や事件に遭遇することになるのだが、それはまた別のところで語られることだろう。



海風になじむ



 宗湛は自ら町割りに乗り出し、秀吉から託された博多間丈を使って測地し、杭を打つ場所の指示を出した。
 その姿勢が博多衆にも伝わったのか、自然と真似をする者が現れ、自ら削りだした松の棒きれで測る者もいれば、宗湛の間丈そっくりに磨いて町割りに繰り出す者もいた。
 宗湛は、沸き立つ思いでその様子を眺めつつ、宗室や黒田官兵衛と市小路を練り歩き、町割り談義をつづける。
 談義に熱中する三人は、気がつけば松原の木陰を抜けて博多の息浜おいきはまの海辺に出ていた。

 宗湛は、砂浜で手ごろな長さの煤けた棒を拾い、それで白砂に町割り図を大きく描く。それを基に、宗湛、宗室、官兵衛は町割り談義をつづけた。
瓦礫がれきか。町まるごとの瓦礫ともなれば、運び出すも馬鹿にならんな」
 とは黒田官兵衛の言。
「運ぶにしろ砕くにしろ、人手と時間が余計にかかります」
 人手と時間をどう捻りだすか議論する様を、貞助が松の木陰から見守っていた。
「今世の張良とも呼ばれた方と、天下に名だたる富商とが、よくもまァ」  砂に線を引いて騒げるなと、その無邪気さを半ば呆れながら眺めている。談義に花咲く宗湛らを見つつ、海と空とを交互に眺めていた。
 そこに、
「まことに同感致す」
 と、同じく松原の影から現れたのは石田三成だった。
「だが、町割とはさように面白きものなのかもしれぬ」
「い、石田治部少輔様」
 貞助は慌てて跪いた。
「ああ、貴様は博多小走りの」
「貞助にございます」
 ふいに、石田三成の前を陣羽織の男が颯爽と歩き去った。
 それを見て貞助は目を丸くして平伏する。

 三成はふんと鼻を鳴らして砂浜に降り、町割り談義を続ける宗湛たちに言葉をかけた。
「宗湛殿。黒田殿まで、またかような砂浜で……」
「石田殿。この瓦礫、お主ならば如何する」
 すると三成は、宗湛たちが白砂に記した町割り図を一瞥し、
「土塀など、横に長くおいてしまえばよいのです」
 と言い放ち、記された町割りの線の上に真っすぐ一本の横線を引いた。
 官兵衛が唸る。
「これは妙なり」

 宗室と官兵衛がはっとして宗湛を見る。
「宗湛。ならば、塀はこの小路に沿うようにして練り固めて巡らせよ」
「承知」
 この“博多べい”の着想は、瓦礫の撤去と通りの普請を同時に促進する一挙両得の妙案だった。

🌊

 宗湛が注視していた白砂の町割りから、博多の町の方に向き直したとき、物見櫓に見覚えのある陣羽織の姿を目にした。

 宗湛は思わず砂浜を駆け出し、今の内にあらためてご挨拶せねばと、小走りで櫓まで駆けつける。
「ご、御免」
 櫓のそばに立つ久野四兵衛を通り過ぎ、はしごを登り終えて顔を出すと、そこには町割の様子をしげしげと眺める関白秀吉がいた。

 秀吉は宗湛に気づき、
「おう。来てくれたか、筑紫の坊主」
 上り終えた矢先で平伏した宗湛であったが、秀吉はすぐに「よい、よい」と手招きして立ち上がらせる。
「それより、こっちへこんか」
 秀吉と宗湛は、物見櫓の高台から町割が進む博多の姿を一望した。

 十町四方に張られていく縄。
 普請に励む人々。
 子供達が駆け回り、町の外では田畑で精を出す百姓らの姿がある。
 さらに西の唐津へと伸びる街道は海に近く、豆粒くらいの人馬が行き交って活気を感じさせた。
「博多に、これだけのひとが……」
「お前たちの成したことよ。おれはきっと、これが見たかったのだろうな」
 秀吉の顔には、静かに微笑が浮かんでいた。
「宗湛。日の本は、おれのものよ」
 秀吉は、町割で賑わう博多の奥――背振山地せふりさんちのさらに向こうを見据える。
 けぶって薄青い山奥の稜線りょうせんを見つめ、宗湛にだけ聞こえるように呟いた。
「日の本はおれのものであり、その日の本にはお前たちが居るのだ」
 この言葉を聞けただけで、宗湛の胸がすく。
「宗湛。今後も博多衆には苦労をかけよう。だが、りずについてきてくれや。おれは日の本を統一した後、唐入りに移る。お前はここに天下一の町をつくれ」
「御供致しましょう。この町を立て直すためならば」
「博多にいるとな、思い出すのよ。土と風の匂いが取れないこの町にたたずんでおると、信長様に仕える猿であったころのおれに、戻ってしまいそうになる」

 秀吉はきびすを返して今度は千代の松原を見下ろし、青海原あおうなばらへと視線を移した。
 風が陣羽織をなびかせる。
「博多復興、気張れよ」
 宗湛は感謝の念を抱いて一礼し、高台から一面の青い天を見渡した。

 秀吉の大望と宗湛の願いが、その後成就したと言えるかどうかは、わからない。

 二度目の朝鮮出兵の最中に秀吉はこの世を去り、日の本の貿易の要もまた、やがて博多から長崎へと移っていく。




しばし博多に遊んだあとがき


こんにちは。
ななくさつゆりです。

中世博多を舞台にした復興がはじまるまでの短編物語、いかがでしたか。
以前、別のところで書いたものをベースに、少し書き足しています。
今回チョイ役的に顔出しした“神屋貞助”ですが、彼を軸に博多復興の慌ただしい中を駆け抜けていくお話の構想もあったりして、それを覗かせる要素をこの神屋宗湛の中にもコッソリちりばめています。
そのあたりもいつか書きたいなァ。

もともとは、いつか自分も時代物を書かなきゃという思いから習作的に手を出してみたお話です。
それに先立ち、当時の博多について図書館などに出向いてなにかと調べてみるのですが、調べれば調べるほど、色んなエピソードやそのカケラのようなものが出てきます。
時代にまつわるお話と言うのは、調べるのも読むのも書くのも楽しいですね。

あと、意外とネットだけでも図書館だけでも当時の情報というのは全然完結しなくて、色んなところから拾ってみては、コレは信ぴょう性あるか? このお話しは使えそうか? などと検討しながら構想していました。
そういう作業も楽しいものです。

ともあれ、真摯で辛抱強く、でもどこか不器用。それでもがんばる時代人の情景でした。
今回もお読みいただき誠にありがとうございます。

これからも、ななくさつゆりは皆さんに楽しんでいただけるよう、色んなエッセイや小説を書き下ろしたり、発信したりしていきます。
ぜひ、スキやフォローをお願いします。
また、よろしければサポートもご検討いただけますと幸いです。

次の木曜日枠はどんなお話を載せようかな。
それでは皆さま。

よい一日を。

ななくさつゆり

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