読書の記憶〜橋本治と影山民夫
引き続き中学生の時の頃の話。「anan」で連載していた影山民夫さんのエッセイを欠かさず読んでいたのだが、ある時「僕がいま日本でいちばん頭が良いと思っている人」「この人の本をたくさん読むと良いと思う」と橋本治さんのことを紹介していた。
「橋本治」の名前は知っていた。古典(歴史だったかもしれない)の授業で先生が「桃尻語訳・枕草子」(「春はあけぼの」を「春ってあけぼのよ!」と書き換えたアレである)を資料に使っていたからだ。その時、興味半分で桃尻娘も読んでみたがあまり好きになれず、正直、なぜ影山さんが推しているのかわからなかった。
ちなみにエッセイ内で紹介されていた本は「デビット100コラム」と「ロバート本」。ふ〜んと思っていたらその週、図書館の新刊コーナーに本が並んでいたので借りてみた。そしてある意味、すごい衝撃を受けた。男子中学生のような言葉使いで、ものすごく難しい事を話しているからだ。本当に、何が書かれているのかさっぱり分からなかった。でもすごく憧れた。橋本治を人に薦める影山民夫と、薦められている橋本治の両方に。
影山民夫さん、若い人にとっては「誰それ」な存在だろう。若くして亡くなられたし、作品はいま読むとちょい古臭い。でもバブル華やかなりし頃、私のイメージするカッコ良い「大人の男性」は正にこの人だった。
そして橋本治は、例えていうなら「手の届く天才」。もの凄く頭が良いのに、どこかだらしなくて突っ込みどころが多い人。でもやっぱり分からない人。その後、橋本治の本はいくつも読んだがやっぱり理解できる気がしない。でもなぜか手にとってしまう不思議な作家。旅立ちが、あまりにも早かったのが本当に悔しい。
余談だが、私があまり面白くないと思った「桃尻娘」はその後なぜか姉のお気に入りとなり、シリーズのほとんどを読み切っていた。
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