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柳田國男の「橋姫」を脱線する#5 橋から橋へ届ける『今昔物語集』

はじめに

 柳田國男の『橋姫』について、7年前に集めていた資料を発掘したので、整理して公開してく5回目になります。
 前回まで、婦人が手紙を託す幸福譚と、河童が手紙を渡してくる不気味な話を読んできました。
 今回は、こうした話の型が、古くからあるというお話です。長いので前後篇になっています。

初回↓

前回↓


06.手紙を託すこと(歴史的側面)前篇

 さて自分がこゝにお話したいと思ふのは、これ程馬鹿げた埒もない話にも、やはり中古以前からの傳統があるといふ點である。
 それは「今昔物語」の卷二十七に、紀遠助といふ美濃國の武士、京都からの歸りに近江の勢田橋の上で、婦人に絹で包んだ小さな箱を託せられ、これをば美濃方縣郡唐の郷、段の橋の西詰にゐる女に屆けてくれとの賴みであつたのを、うつかり忘れて家まで持つて還り、今に屆けようと思つてゐるうちに細君に見咎められ、嫉み深い細君はひそかにこれを開けてみると、箱の中には人間の眼球、その他の小部分が毛のついたまゝむしり取つて入れてあつたので、夫婦とも大いに氣味を惡るがり、主人は早速これを段の橋へ持參して行くと、果して婦人が出てゐてこれを受け取り、この箱は開けて見たらしい、懀い人だといつて凄い顔をして睨んだ。それから病氣になつて還つて程もなく死んだとある。

「橋姫」本文13

勢田橋は御承知の如く昔から最も通行の多かつた東路の要衝であるが、しかもこの橋の西詰には世にも恐しい鬼女がゐて、しば〳〵旅人を劫かしたことは、同じ「今昔物語」の中にもいろ〳〵と語り傳へられてゐる。

「橋姫」本文14


13『今昔物語集』27-22

『今昔物語集』は、平安後期の保安元(1120)年頃に成立した説話集です。全31巻で、天竺(インド)1~5、震旦(中国)6~10、本朝(日本)11~31の三部に分かれています。

近江の勢田橋から美濃の段の橋へお届け物は、27巻にあります。
7年前に資料を用意したときに拠っていた『国史大系』では、この話は第21話となっていました。今、『新編日本古典文学全集』で確認してみると、第22話になっています。

『国史大系』の底本は『丹鶴叢書』所収のもので、確認してみると、そのまま「廿一」と書かれています。

水野忠央 編『丹鶴叢書』[78],中屋徳兵衛[ほか],弘化4-嘉永6 [1847-1853].
国立国会図書館デジタルコレクション

一方新編全集は、鈴鹿本を底本としており、頭注に次のように説明されています。

前話と本話との間に、底本では二行と一ページ分の空白があり、本話話番号が「第二十二」とあることからすれば、第二十一話を後補するつもりで空けておいたことが明らかである。

新編全集 p.72 頭注(一)

確認してみると、確かにそのようになっていました。

今昔物語集(鈴鹿本) 京都大学附属図書館
今昔物語集(鈴鹿本) 京都大学附属図書館

 最古写本の鈴鹿本に従って「廿二」とするのが、より原典に近い形なのでしょう。
 本文は長いので、適宜区切りながら読んでみましょう。

卷廿七 美濃國紀遠助値女靈遂死語第廿一 p833
『新訂増補國史大系』第十七卷

 今昔。長門ノ前司藤原ノ孝範と云フ者有キ。其レガ下総ノ権ノ守ト云ヒシ時ニ。関白殿ニ候ヒシ者ニテ。美濃ノ国ニ有ル生津ノ御庄ト云フ所ヲ預力リテ知ケルニ。其御庄ニ紀ノ遠助ト云フ者有キ。

藤原孝範が美濃国の生津の庄を預かっていたときに、紀遠助という従者がいた。

人数有ケル中ニ孝範此ノ遠助ヲ仕ヒ付テ。東三條殿ノ長宿直ニ召上タリケルガ。其宿直畢ニクレバ暇取セテ返シ遺クレバ。美濃ヘ下ケルニ勢田ノ橋ヲ渡ルニ。橋ノ上ニ女ノ裾取タルガ立テリケレバ。

遠助は孝範のお気に入りで、京で働いていたが、
休暇で故郷の美濃に帰る途中、勢田橋の上に女が立っている。

遠助恠シト見テ過ル程ニ。女ノ云ク。彼レハ何チ御スル人ゾト。然レバ遠助馬ヨリ下テ美濃へ罷ル人也ト答フ。女事付申サムト思フハ聞給ヒテムヤト云ケレバ。遠助申シ侍リナムト答フ。女糸喜グ宣ヒタリト云テ。懐ヨリ小サキ箱ノ絹ヲ以テ褁タルヲ引出シテ。

遠助が怪しいと思っていると、女が「どこへ向かうのか」と問うので、「美濃へ」と答えた。
女は届けて欲しいものがあるというので、遠助がこれを引き受けると、
懐から、絹に包んだ小さな箱を取り出した。

此箱 方縣ノ郡ノ唐ノ郷ノ収ノ橋ノ許ニ持御シタラバ。橋ノ西ノ爪ニ女房御セムトスラム。其ノ女房ニ此レ奉リ給ヘト云ヘバ。遠助氣六借ク思エテ。由旡キ事請ヲシテケルト思ヘドモ。女ノ様ノ気怖シク思エケレバ。難レ辞クテ箱ヲ受取テ。

女は「収ノ橋の西側の端にいる女房に渡してください」と言った。
遠助は変なことを引き受けてしまったと思ったが、
女が怖いので、断れず箱を受け取った。

遠助ガ云ク。其ノ橋ノ許ニ御スラム女房ヲバ誰ト力聞ル。何クニ御スル人ゾ。若シ不二御會一ズハ何クヲ力可二尋奉一キ。亦此レヲバ誰力奉給フトカ可レ申キト。女ノ云ク。只其ノ橋ノ許ニ御タラバ此レヲ受取リニ其ノ女房出来ナム。ヨニ違フ事不レ侍ジ。待給フラムゾ。但シ穴賢努〻此箱開テ不二見給一ナト。

遠助は「女房とは誰か」「どこに住んでいるのか」「会えなかったときはどうすればよいか」
「差出人は誰と言えばよいか」と聞くと、
女は「橋まで行けば女房は現れます。会えないことはありません。
ただし、絶対に箱を開けないでください。」と

此様ニ云立リケルヲ。此ノ遠助ガ共ナル従者共ハ女有トモ不レ見ズ。只我ガ主ハ馬ヨリ下テ由旡クテ立ケルヲト見テ怪シビ思ケルニ。遠助箱ヲ受取ツレバ女ハ返ヌ。

このように立ち話をしていたが、遠助の従者には女が見えておらず、主人の行動を怪しんでいた。
遠助が箱を受け取ると、女は帰っていった。

其ノ後馬ニ乗テ行クニ。美濃ニ下着テ此ノ橋ノ許ヲ忘レテ過ニケレバ。此ノ箱ヲ不取セザリケレバ。家ニ行着テ思出シテ糸不便也ケル。此ノ箱ヲ不レ取リケルト思テ。今故ニ持行テ尋テ取セムトテ。壺屋立タル所ノ物ノ上ニ捧テ置タリケルヲ。

遠助は馬で美濃に向かったが、すっかり忘れて通り過ぎてしまった。
家に着いてから思い出したので、後日持って行こうと、物置に置いておいた。

遠助ガ妻ハ嫉妬ノ心極ク深カリケル者ニテ。此ノ箱ヲ遠助ガ置ケルヲ妻然気旡クテ見テ。此ノ箱ヲバ女ニ取セムトテ。京ヨリ態ト買持来テ。我レニ隠シテ置タルナメリト心得テ。

遠助の妻は嫉妬深く、物置の箱を、他の女へのプレゼントに違いないと考えた。

遠助ガ出タル間ニ妻密ニ箱ヲ取下シテ開テ見ケレバ。人ノ目ヲ抉テ数入レタリ。亦男ノ𨳯ヲ毛少シ付ケツヽ多ク切入レタリ。

遠助が出ている間に箱を開けてみると、中には、
えぐり取った人の目と、毛のついた男根が沢山入っていた。

妻此レヲ見テ奇異ク怖シク成テ。遠助ガ返来タルニ迷ヒ呼寄セテ見スレバ。遠助哀レ不見マジト云テシ物ヲ。不便ナル態カナト云テ迷ヒテ。木ノ様ニ結テヤガテ即チ彼ノ女ノ教ヘシ橋ノ許ニ持行テ立テリケレバ。実ニ女房出来タリ。

妻は驚き、帰ってきた遠助に見せた。
遠助は「開けるなと言われていたのに」と元に戻し、橋へ持って行くと女房が出てきた。

遠助此ノ箱ヲ渡シテ女ノ云シ事ヲ語レバ。女房箱ヲ受取テ云ク。此ノ箱ハ開テ被レ見ニケリト。遠助更ニ然ル事不レ候ズト云ヘドモ。女房ノ気色糸悪気ニテ糸悪シクシ給フカナト云テ。極テ・気色悪乍ヲ箱ヲバ受取ツレバ。遠助ハ家ニ返ヌ。

箱を渡すと、女房は「開けましたね?」と言う。
遠助は「開けていません」と答えたが、
女は「非常に不愉快だ」と怒った。
それでも箱は受け取ったので遠助は帰った。

其ノ後遠助心地不レ例ズト云テ臥シヌ。妻ニ云ク。然許不開マジト云シ箱ヲ。由旡ク開キ見テトテ。程旡ク死ニケリ。

遠助は体調が悪くなり、妻に「開けるなと言われた箱を勝手に開けるから……」
と言って死んでしまった。

然レバ人ノ妻嫉妬ノ心深ク虚疑ヒセムハ。夫ノ為ニ此ク不レ吉ヌ事ノ有ル也。嫉妬ノ故ニ遠助不二思懸ーズ非分ニ命テナム失ヒテケリ。女ノ常ノ習トハ云ヒ乍ラ。此レヲ聞ク人皆此ノ妻ヲ■〔忄惡〕ミケリトナム語リ伝ヘタルトヤ。

嫉妬深く疑い深いのは、相手のためによくない。
妻の嫉妬故に夫は死んでしまったのだ。
この話を聞いた人は、さすがに妻を非難したという。

 女から女房へのお届け物で、中身は人間の身体の一部でした。これは婦人の手紙のやり取りと、河童の話を足したような要素になっていますね。(時代的にはこっちの方が古いのですが)

帰宅後に亡くなっているのも、07「甲斐口碑傳説」では気絶、12『趣味の傳説』では発熱となっていました。

また、「橋姫」では省略されていますが、最後の部分で、嫉妬深い女への戒め教訓譚となっています。

さすが今昔物語!と言いたくなる生々しさがあって、味わい深い話ですね。


14『今昔物語集』27-14

 国男曰、勢田橋の西端には鬼女がいて、旅人を脅かしたことが「今昔物語」にあるそうです。

 探してみたところ、勢田橋については、巻第27「従東国上人値鬼語第14」がありました。これは旅人と鬼が出てくるので、おそらくこの話であろうと思うのですが、鬼女ではありません。

 「鬼女」をJapanKnowledgeとやたがらすナビ「攷証今昔物語集(本文)」、さらに、駒澤大学総合教育研究部日本文化部門「情報言語学研究室」が公開している鈴鹿本のテキストデータで検索してみましたが、該当するものは見つかりませんでした。

というわけで、27-14を読んでみましょう。
 本文は京都大学附属図書館が鈴鹿本の画像と共に公開しているテキストに拠ります。

東国従リ上ル人、鬼ニ値フ語第十四
今昔、東ノ方ヨリ上ケル人、勢田ノ橋ヲ渡テ来ケル程ニ、日暮ニケレバ、人ノ家ヲ借テ宿ラムト為ルニ、其ノ辺ニ、人モ住マヌ大キナル家有ケリ。万ノ所皆荒テ、人住タル気無シ。何事ニ依テ人住マズト云フ事ヲバ知ラネドモ、馬ヨリ下テ皆此ニ宿ヌ。

東国から京に上ってきた人が勢田橋のあたりで一泊することにした。
人の住んでいない大きな家で、荒れ果てていたが、宿ることにした。

従者共ハ下ナル所ニ馬ナド繋テ居ヌ。主ハ上ナル所ニ皮ナド敷テ、只独リ臥タリケルニ、旅ニテ此ク人離レタル所ナレバ、寝ズシテ有ケルニ、

従者は下、主人は上の部屋で一人で寝ていたが、
こんな場所なのでちょっとも眠れない。

夜打深更ル程ニ、火ヲ髴ニ灯シタリケルニ、見レバ、本ヨリ傍ニ大キナル鞍櫃ノ様ナル物ノ有ケルガ、人モ寄ラヌニ、コホロト鳴テ蓋ノ開ケレバ、怪ト思テ、「此ハ若シ此ニ鬼ノ有ケレバ人モ住マザリケルヲ、知ラズシテ宿ニケルニヤ」ト怖シクテ、逃ナムト思フ心付ヌ。

深夜、もとからあった靴箱の蓋が勝手に開いたので、
もしや鬼ではないかと怖くなり、逃げようと思った。

然気無クテ見レバ、其ノ蓋細目ニ開タリケレバ、漸ク広ク開ク様ニ見エケレバ、「此レハ定メテ鬼也ケリト」思テ、「忽ニ忽ギ逃テ行カバ、追テ捕ヘラレナム。然レバ只然気無クテ逃ゲム」ト思得テ云ク、「馬共ノ不審キ、見ム」ト云テ起ヌ。

だんだん箱が開いていくので、鬼だと思うが、
今逃げてもすぐ追いつかれるだろうから、知らないふりをして逃げようと思い、
「馬の様子が気になるから見てこよう」と言って起きた。

然レバ、蜜ニ馬ニ鞍取テ置ツレバ、這乗テ鞭ヲ打テ逃グル時ニ、鞍櫃ノ蓋ヲカサト開テ出ル者有リ。極テ怖シ気ナル音ヲ挙テ、「己ハ何コマデ罷ラムト為ルヲ。我レ此ニ有トハ知ラザリツルカ」ト云テ、追テ来クル。

馬の用意をして、鞭打って逃げようとしたとき、
箱の蓋ががばっと開いて中から何か飛び出してきた。
そして、恐ろしい声で「どこまで逃げるのか、私に気づかなかったのか」
と言って、追いかけてくる。

馬ヲ馳テ逃ル程ニ、見返テ見レドモ、夜ナレバ其ノ体ハ見エズ。只大キヤカナル者ノ、云ハム方無ク怖シ気也。此ク逃ル程ニ、勢田ノ橋ニ懸ヌ。

振り返って見ても、夜なので姿は見えない。
とにかく恐ろしい何かである。
こうして逃げているうちに勢田橋まで来た。

逃ゲ得ベキ様思エザリケレバ、馬ヨリ踊下テ、馬ヲバ棄テ橋ノ下面ノ柱ノ許ニ隠居ヌ。「観音、助ケ給ヘ」ト念ジテ、曲リ居タル程ニ、鬼来ヌ。

逃げきれないと思い、馬を捨てて橋の下に隠れた。
観音を念じていると、鬼が来た。

橋ノ上ニシテ極テ怖シ気ナル音ヲ挙テ、「河侍、々々」ト度々呼ケレバ、「極ク隠得タリ」ト思テ居タル下ニ、「候フ」ト答ヘテ出来ル者有リ。其モ闇ケレバ、何物トモ見エズ。

鬼は橋の上で恐ろしい声で河にいるものを呼んでいる。
上手く隠れたかと思っていると、
下から「ここにいます」と答えて出てきた者がいる。
それも暗いので、何かわからない。

 以下脱落しており、この後どうなったのかはわかりません。すごく気になるところで終わっていて憎らしいですね。
 紙面を見ても、途中でぶつ切りになっていることがわかります。

今昔物語集(鈴鹿本) 京都大学附属図書館


おわりに

今回は『今昔物語集』の二例を確認しました。

一つ目は、これまで確認してきた婦人や河童の話を複合したような内容でした。むしろこれが様々に分離して後の説話を構成したのではないかとさへ思えてきます。

時代を追うごとに残虐さが和らいでいくのを思うと、目と男根、最後には死という直接的で残虐な描写が、根本として相応しそうです。しらんけど。

二つ目は、こうした橋に関わるもので、近辺に鬼が住んでいることが知れる内容でした。
 新編全集の頭注には、12-28に鬼難を免れる類話があり、27-7に、上京の途次、宿で鬼に襲われるモチーフを紹介しています(p.52)。また、「橋や渡し場は異界との境界で、妖怪・霊鬼が出現する場所。」(p.53)と説明されています。

橋の境界性や、境界における妖怪・霊鬼との関係という面からも、アプローチが必要であることがわかりますね。

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