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2023年の自選短歌30首
ふるさとの匂いに声が溢れそう尾びれを脚に換えた夜から
日に焼けたコバルト文庫の背表紙に遠くなりゆく小五のこころ
クッキーの缶をあつめてどの蓋もナルニア国へと通じる扉
どこまでも夢でいいのにママの手でヴィックスヴェポラップ厚く塗られて
陽だまりに油粘土を置いている別のいのちが生まれてもいい
重力は光も曲げると説くきみの声が揺らした赤い風鈴
だめだった今日の体を湯に浸しふやけた指がすこしおいしい
2022年の自選短歌30首
このごろは言葉も横に流れゆき吹雪のように頬を冷やした
自転車で椿を踏めば痛いって思う ニュースに今日の死者数
ただ花を愛でるばかりのひとと居る耳のうぶげの見える近さで*
バスの来るはずのベンチで目を閉じて遠い車体の軋みを聞いた
ストッキングつまんでできた空隙はわたしの肌の続きだろうか
火事を見た面持ちのままコンビニへ入れば命だったものばかり
夕暮れにごぼうを切った手のにおい生きてるぽくてくり返し
2021年の自選短歌30首
香水の棄てかた知らず歴代のわたしが並ぶ 古びて並ぶ
フランク・ロイド・ライトの椅子に浅く掛け天に脳を吊られるごとく**
敗戦は戦わぬものに訪れずスノードームの内の静けさ**
ひと冬で死なせた鳥の小さくて鋭い爪で怪我したかった**
似た意見だらけの世界を約分し1だけになる とてもさみしい
プディングのゆれる周期で覚悟などふらつくものと知っていたなら
治外法権のこころをスプリングコートの内にはためかせ
2020年の自選短歌30首
ポケットに入れっぱなしの蝶々がインディゴに染む十六の春
いっぱいの水を貼り付けバスはゆくけやき並木に雨のそぼ降る
高いって遠いことだよ月行きのエレベーターから望む地球は
買ってないくじの抽選見るように恋を失う鈴掛の径
水風船投げれば割れてすつぱりと女ではなく人になりたし
六月のままの暦をひとつずつ千切れば風は流れはじめる *1
鼠ほど強くなれたら 階段で立てた中指ずっとつめたい
地下鉄の窓はあけ
2019年の自選短歌30首
教室が遠い 若葉をくちびるにつけても鳴らず藤棚にゐる
その歌詞がぼくらのようで歌えずにメロディのみを乗せる口笛
僕らおなじ喉に隆起の記憶持ち海に帰らずのたうつばかり
手のなかの薬莢撫でて真昼間の少女が想う母の恋人
違和感は好きの糸口 休符から始まる拍で話すあなたに
たまごまで戻れるのなら鳩になり手紙をつけて直ぐ帰りたい
急坂のバスは傾き一斉に傘の先から雨が流れる
容疑者は同世代だと報じられ「やは
2018年の自選30首
ふるさとのバスはカーブの向こうから滲み出るようゆっくりと来る
お揃いの鈴鳴らしゆく隊列のロードバイクの膝のあかるさ
思い出せない お寿司屋でプラッシー飲ませてくれた伯父の声とか
汗吸えば藍の濃くなる法被ぬぎ兄は今年で町を離れる
みどりごに土踏まずなし生まれ落ちまだ土踏まぬ足のふくふく
さるすべりなみきのみきにふれながら通うわが子のひたいあかるし
ステンレス槽でからまってるパジャマ脚が二本じゃ多す