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2023年の自選短歌30首

ふるさとの匂いに声が溢れそう尾びれを脚に換えた夜から


日に焼けたコバルト文庫の背表紙に遠くなりゆく小五のこころ
クッキーの缶をあつめてどの蓋もナルニア国へと通じる扉
どこまでも夢でいいのにママの手でヴィックスヴェポラップ厚く塗られて
陽だまりに油粘土を置いている別のいのちが生まれてもいい


重力は光も曲げると説くきみの声が揺らした赤い風鈴
だめだった今日の体を湯に浸しふやけた指がすこしおいしい
花屋では枝物はみな上向きで美しいなと遠巻きに言う
撮りながら「もっと笑顔」と言うひとのレンズの奥の無限遠点
君からの「していい?」なんてマクドナルドの紙ナプキンくらいほしいよ
回り方を教えてくれる落ち葉たちそこに入れば人でなくなる
さかむけを食べたことある人とだけ愛し合いたい西日の路上
団地には花の名前の車来て車椅子ごと次々と乗る
神様がこぼした水をジーンズの裾が吸ってるまだ歩かなきゃ*
こうしてずっと生き残るのか早足の人の後ろで渡る新宿
開けないアプリの増えた夏が過ぎ だけどしれっと笑いたいよね
ババ抜きを二人でします淡々と手札は捌けて生活のよう


お隣の牧野さんちの扉から良い家具ばかり運ばれていく
まひるまの日照雨のさなかすぐ乾くシャツを着て出る職を辞すため
アメリカの誰かが売ったスウェットの匂いのこもる雨の古着屋
白錆の浮いた実家の鍵つねに心に置いて使わないまま
希望って白く大きい 下宿へとニトリの寝具セットかかえて
川べりの、心に皮ふのないゆえにあなたの零す歌が沁み込む***


最終日会えないままに去る園の足洗い場にたまる花びら**
人類が進化過程で失った臓器のようだ風船ひねる
骨ぬきの鯖の半身を子に回しほんとのことはまた知ればいい*
家族みな靴のサイズが近くなり夜中にそっと子の靴を履く
空を見ることを忘れた育児期の終わりに選ぶムーンストーン


さえずるだけでよかったなんて思わないぼくらは意思を持ってしまった
分水嶺で君とわかれて違う川違う海から空でふたたび



*NHK短歌2023年7月号掲載
**NHK短歌2023年8月号掲載
***桜庭薫短歌アンソロジー『薫風凜々』掲載
他は結社誌『未来』2023年各号掲載


久しぶりに店の焼鳥が食べたいです!!サポートしてください!