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みじかみじか

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みじかい小説たち。
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置き土産【掌編小説】

置き土産【掌編小説】

 理由のない希死念慮に悩まされている。自死というのは他の選択肢が潰えたときの最終手段であって、私のような普通に生きていられる身分の人間が考えるようなことではないはずなのに。
 けれどもなお自死という考えが頭の中をうろつくのは、おそらく私が平凡すぎる、あるいは私が、ある一点において正統でない考えを抱いてしまっているということなのだろう。
 私の生活には、これといった楽しみがない。なにかを楽しみと見做

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アルゴン【掌編小説】

アルゴン【掌編小説】

 まったく理不尽な世界だ。めくらましで人々から金を吸い取って立ち上げられたニュース番組は連日、某国の軍がクーデターを起こしたというのではしゃいでいる。
 無辜の民に振り撒かれる、際限のない暴力。それは自力で避けることができず、抗うことも許されないという点で最も象徴的な、百点満点の暴力だった。
 しかし、この世界における暴力というのは、肉体的なものに限らない。言葉の暴力というフレーズが普及して久しい

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大路の春【掌編小説】

大路の春【掌編小説】

 食べられる雑草の本を購入した。

 もう所持金は無いに等しいが、欲望に駆られて煩悩塗れの弁当を買ってしまうよりかは賢明な選択だったに違いない。
 私は、まんまと弁当を購入した別の世界線の自分に哀れんで同情した。
 それが自分にとってただ一つの、優越を覚える手段だった。

 拾い物のパスケースを曲がらない程度に握り締め、どうして自分がこの力加減を知っているのか、思い出そうとする。
 しかし出てくる

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