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〈エッセイ〉冬の朝
《6年前の作品です》
未明から階下で音が聞こえていた。外で車のエンジンをかける音がし、また家に入ってきてバタバタと歩く音。
起きて行くと長男がキッチンでゆず茶を作りポットに入れていた。会社の先輩と、雌阿寒岳の登山に行くという。
コーヒー豆をミルで砕きながら、リュック詰めしている息子に時々訊いてみた。
「アイゼンやピッケルは持ったのか?」
「うん」
「その先輩、冬山は何度も経験してるのか?」
「うん。ベテランだよ」
「そうか…。雪崩や滑落、それと火口近くの毒ガスに気を付けろよ」
「うん」
父子の短い会話である。
「コーヒー、淹れたけど…飲むか?」
「あ、ありがとう」
手渡したマグカップからふた口ほどすすり、「じゃあ、行ってきます」と言って玄関を出る。
「ああ、気をつけてな」
その背中に声をかけ、コーヒーを飲みながら窓の外を去って行く息子の車のテールランプを見送った。
そして思い出した。
僕が雌阿寒岳に初めて登ったのは二十四歳の時だった。大好きな山のひとつだ。
気が付くと、息子も二十四歳になっていた。