<短編小説> 慟哭のチェロ
九十二歳になるチェロ奏者、松平清二は夏の饒舌さが苦手であった。豊満な光を放つ積乱雲とその上に見える紺碧の空が目に痛い。密度濃く生い茂る草木と羽虫の群れ。高湿度の空気を裂くかのようにいきなり降り始める雨。再びじりじりと照り付ける太陽と大地からの蒸散、そして陽炎。まるで自然界に行き渡る水の循環が加速度を帯びたようだ。地表から空の高みまですべてにエネルギーが満ちている。清二はそんな夏が嫌いなのだ。
夏は若者の為にある。その身体の中にほとばしる生殖能力と柔軟な骨肉を持ち、夜の街で、