タンポポの雪が降ってた
哀愁を誘う大人の恋愛短編集。恋愛小説は殆ど読まないのだが、タイトルに惹かれた。
読書していて心が揺さぶられる時は、しばしば同時に幾許かの押しつけがましさを感じないわけにはいかないのだけど、香納諒一先生の抑えた文体は、そんな感情を少しも抱かせない。恋愛小説をハードボイルドで執筆すると、こうなるのか、と勉強させられた。
表題作「タンポポの雪が降ってた」と類似する小説を読んだ記憶を数えれば、片手では足りない。それだけベタな展開なんだけど、私は一番気に入っている。
若い頃の恋の記憶が、車窓から見えるタンポポの雪で、鮮やかに蘇る描写は特に秀逸だった。宝石のような言葉で綴られる物語の、最初の一行と、最後の一行を紹介する。
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陽射しのいたずらで微睡(まどろみ)からさめた。
(エア・メールにそっと鼻を近づけると・・・)流れさった時間を押しのけて、短かった恋の香りがした。
小説ならではの美しい情景描写に魅了され、小説家の端くれとして、こんな文章が書きたいなとつくづく思った。