「下弦の月に消えた女」 創作裏話
主人公、竜崎隼のキャラクター造形について話します。
英語が頻繁に出てくるのは、彼の個性です。私が中学生の時、英語のC先生がいて、「おまえは鼻が大きいから、英語の発音がウマいんだ」と褒めてくれました。訳わかんないですね。C先生は相槌を打つ時に、まるで欧米人のように鼻の孔を膨らませて「Uh-huh」を連発するんです。日本語にすると、「うんうん」「へぇ」「それで」「ああそう」「いやいや」…そんな感じ、当然、話している時は、前後関係で、C先生がどういう意図で言ってるのか、わかるんですが、こども心に、けっこう面白かった(私の同級生は分かると思うんだけど)
それから何十年も経ってから、レイモンド・チャンドラーの推理小説を読みました。マーロウが「うふう」、「うふう」を連発。創元推理文庫の「大いなる眠り」双葉十三郎訳です。ハードボイルドの探偵が「うふう」は無いだろう。私は笑いのツボに入りました。「うふう」? なんのこっちゃ、そう思っていると、あれ、これって「Uh-huh」のことじゃないか、と気づき、そして、C先生のことを思い出しました。そうか、C先生が相槌を言ってたのは、「Uh-huh」だったんだ。目からウロコでした。
新訳の村上春樹先生は、「うふう」なんて奇妙な訳をしていませんが、双葉十三郎先生は、大胆にも「Uh-huh」をローマ字訳したんですね。
実は数年前に、この小説を書いた時、カタカナで「アーハン」と書いていたんです。すると、TVで貴乃花光司さんが、ワザとだと思いますが、もの凄く不自然な発音で、「アーハン」と言っているのを見ました。「ふるなび」のCMです。こりゃいかん、ハードボイルドじゃなくなる。そう思って、「アーハン」を英語表記の「Uh-huh」に変えました。それで、英語表記が多くなりました。
例えば、
「そうしよう」 → 「Why not(ホワイナッ)?」
「わからん」 → 「God knows(ゴッドノウズ)」
「そうでもないさ」 → 「Not really(ナッリアリ)」
「なんてことを」 → 「Oh my(オゥマイ)」
「かもね」 → 「Could be(クッビー)」
「たぶん」 → 「Maybe(メイビー)」
「めんどくせえな」 → 「Tedious(ティーディアス)」
「まさしく」 → 「Exactly(イグザクトリ)」
竜崎はマーロウに憧れているんで、マーロウみたいな話し方になっているんです。
「竜崎探偵の英語はエセ英語、イキがっているみたいでカッコ悪い」
という意見がありました。はい、これは狙ってました(笑)
ヴの表記に引っ掛かりを感じます。外来語の多さも気になります。(M.N.さん)
この小説には「変なカタカナ語」が山ほど出てきます。そして私はそれらが大嫌いです。私などは何度壁に向かって本書をぶん投げようと思ったことか!(K.M.さん)
書いた本人自身、「v」の表記は悩ましかったです。どうして、「ヴ」と書いたり、「ブ」と書いたりするんだろう。
Violinは「バイオリン」でなく「ヴァイオリン」と表記するのが普通なのに、Convenience storeは「コンヴィニ」でなく「コンビニ」と表記するのが普通だな。ええっと、これは「ヴ」だったか、「ブ」だったか… どっちだったっけ?
迷いだすと、そんなことに迷っている自分に、イラッとして、いっそのこと、「ヴ」に統一しちゃえ、となりました。すると、イラっとしながら、同時に笑ってしまう自分がいました。これ、ギャグになるかも…。
その結果、「何度壁に向かって本書をぶん投げようと思った」というK.M.さんですが、p.73で、
「大笑いしてしまいました。すべてここに至るまでの伏線および状況証拠だったわけです。騙されました。イライラして、ぶん投げないでよかった〜。作者のほうが一枚も二枚も上手だったんですね。参りました」(Amazonのカスタマーズレビュー)
多分、この時、K.Mさんは私と同じ感覚になってくれたんだと思います。K.Mさんとはお会いしたことが無いんですが、すごいシンパシーを感じました(笑)
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。もし興味を持って頂ければ、是非 Amazonで「下弦の月に消えた女」をチェックして頂ければ幸いです。