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常世虫

常世虫(とこよのむし)、知ってますか。

常世神(とこよのかみ)は、『日本書紀』に登場する新興宗教の神。この神を祀ると、富と長寿が授けられ、貧者は裕福になり、老人は若返ると説かれた。

Wikipedia「常世神」より

ちょっと不安になる。
階段から、土のある安全な場所に移せばよかったのかな。


1.鹿島神宮の青虫

鹿島神宮へ参拝中、首の違和感に気づき、
そのナニカを、手で摘まむ。

それは、緑色のほんの小さな青虫だった。

驚いて、反射的に投げ飛ばす。
青虫はぴゅーんと前方へ飛んでいく。
そして、階段に落ちる。

奥宮から御手洗池へ降りる階段。
沢山の人が移動している。

そのままだと、青虫は踏みつぶされてしまうかもしれない。
それでも、そのまま放置した。

残酷だ。

直接的には、私は青虫の命を奪っていないけど、
青虫の致死率を限りなく高めた。

なんなら、死んでもかまわないとさえ思った。
残忍非道だ。

普段、安心安全が大切とか、愛の話をしていても、
結局のところ、私の実態は、なのだ。

人間は大切にして、虫の命はなんとも思わない。

私の本性は、邪。

それは、きっと、人間に対してもそうなのだ。

青虫を拾って安全な場所に移すことも、
ほんのほーんの一瞬だけ考えたけど、
実行しなければ、それはただの言い訳だ。

オニヤンマや蝶などの昆虫は、歓迎の合図だ!
と喜びながら、青虫やスズメバチは避ける。

それって、偏った愛じゃないか。
自分に都合のよい思考じゃないか。

神聖な場所で、自分の邪(よこしま)さを発揮した出来事だった。

自分の邪念。身勝手さ。無慈悲さ。

常世虫を知るまでは、なんとも思わなかったのに。
常世虫を知ったとたん、あの青虫を気にかける。

富と寿命が惜しいのだ。損したくないのだ。

2.常世虫信仰

日本書紀によると、644年に常世神信仰は始まった。芋虫を「常世神である」と称し、「常世神を祀れば、富と若さ(長寿)が手に入る」と大生部 多(おおうべのおお)によって人々に広められた。

芋虫=常世神ということだ。

芋虫の特徴は、「この虫は、常に橘の樹に生る。あるいは山椒に生る。長さは4寸余り、親指ぐらいの大きさである。その色は緑で黒点がある。形は全く蚕に似る」と日本書紀に記されている。その為、芋虫の種類は、蚕やアゲハ蝶の幼虫ではないかとされている。

常世神(芋虫)を祀る事で、
御利益を感じた人もいれば、感じない人もいた。

御利益がないのは、信仰心と喜捨(財産の寄付)が不足している為として、さらに財産の寄付を促した。それによって、財産を失う人が続出した。

この常世神騒動は、秦河勝(秦氏)によって鎮圧され、民衆を惑わす者として大生部多は討伐された。

3.何が悪い?

まるで、詐欺だ。
元手は、芋虫がいればいい。
後は、人々の欲と不安を利用すればいい。

新興宗教や、虫を祀る事が悪いのではない。

神さまや、御利益を餌に、
私利私欲を肥やす詐欺師が悪いのだ。

大正部多が私利私欲を肥やしていなかったら、
芋虫を祀ること自体は、問題はない。信仰は自由だ。

御利益があった人達は、自分の力で叶えたのだ。
信じる者は救われる。すべては、気から。

だけど、詐欺師だけが悪いのか?
私に、情報を判断する軸はあるか?

常世虫について知った時と、
詳細(詐欺)を知った時。

私の内側は変化した。

私は、すぐに心を乱された。
富と健康(寿命)を失うのではないか。
青虫の祟りがあるのではと不安になった。
騙されかけている。

そして、詐欺と知り、安堵する。
また情報に影響されている。
これも、騙されてる?

自分に都合のいい情報だけ、
信じてるだけ。

自分の内側が平穏になることを選んでいるだけ。
その場しのぎの安心は、ニセモノだ。

情報に内側を乱されるな。
情報の断片だけで判断するな。

自分で自分を惑わすな。

4.やめるにはどうすればいい?

常世神信者は、富と寿命を手に入れたかった。

だけど、結果的に、
富(財産)を失い、貴重な時間(寿命)も失った。

結局、損失だ。

常世神信仰の御利益がなくても、途中で信仰を止めなかったのは、コンコルド効果のせい?

【コンコルド効果/埋没費用効果/サンクコスト効果】
ある対象への投資(金銭的・精神的・時間的投資)を続けても、損をすると分かっていても、それまでの投資を惜しみ、やめられない状態のこと。

止めなかったのではなく、止められなかった。
せっかくここまでやったんだから、という気持ち。

自分だけは、得したい。
そういったズルさが、自分の邪さが、自分に返ってくる。
内側に邪さがあるから、疑問や違和感をみないようにする。
内側に邪さがあるから、詐欺を隠す事になる。

詐欺は、まわりから見えにくい。
ちょっとした違和感に気づいてくれる人がいたらいいな。

常世神信仰は、みんなでしていた。
誰かと一緒なら、安心だったのかな(バンドワゴン効果)。

これ、なんか変じゃね?!と、みんなが言い出せば、
秦河勝が討伐するまでもなく、大生部多は力を失ったはずだ。

もし、惑わされてしまったら、どうすればいいのだろう。
信頼できる人の助言があったら、いいな。

秘密にしていたり、孤立してると、
騙されやすいのは、そのせいだ。
偏った情報しか得られないから。

自分の失敗を認め、助言を聞き入れる素直さも大事だ。

ただ、誰の助言を聞くかも、大切だ。
新たな詐欺師の助言を聞いて、さらなる被害は避けたい。

複数の選択肢を比較して提案してくれる人。
答えを待ってくれる人(急かさない人)。
尊厳を守ってくれる人。

そんな人の助言を聞くといいのかな。
これと逆の人は、詐欺師かもね。

自分の軸は持ちつつ、柔軟さも兼ね備えたい。

私自身は、青虫の尊厳を守れなかったけど。

5.どんな自分でも大丈夫

得しても、損しても。
成功しても、失敗しても。

どんな自分でも、大丈夫。

自分に対する信頼感を持てたら、
たとえ間違えても、またやり直せばいいだけと思えるのかな。

私の場合、その信頼感の根拠は、自分の力だけでなく、まわりで支えてくれる人たちの存在も含まれている。自分だけで頑張らなくてもいい。踏ん張らなくてもいい。頼りっぱなしや、自信過剰には要注意だけど。

つながりが、自分を救うのだ。
まわりへの信頼感は、自分の安心につながる。

常に誰かと一緒に居る必要はない。
大丈夫だと思えたら、案外、ひとりでも大丈夫。
内側は、ひとりじゃないから。

内側に不安があるから、常世虫を祀る事になる。

内側が「大丈夫」に満たされたら、
常世虫の居場所は、もうない。

6.いま、ある

不安を煽り、自信や金品や尊厳を奪う存在から離れよう。
信仰も、物も、人も。

富も健康も欲しいけど。
いまあるものを、まず喜ぶ。

ないより、ある。

内側が「ある」に満たされたら、
きっと常世虫は、自然に戻ることができる。

自分の滑稽さを笑えた時、きっと洗脳は解かれる。

それでも、続けたかったら、
それは、続けた方がいい。

納得するまで、底をつくまで、やりきるのがいい。

ほっとして、気分がいいなら、
それは、そうする方が、幸せだってサインだ。

7.常世虫は必要ない

私は常世虫は祀らないけど笑
芋虫には、だます気も、搾取する気もない。

芋虫を利用する詐欺師に気を付ける。
搾取されるのは、気分悪いもんね。

なんか変だなーという違和感は、自分に蓄積してきた過去のデータから導き出されている。遺伝子に組み込まれたご先祖さまのデータでもあるのかも。それを、神様というのかもしれない。

自分の感覚を信頼すれば、
常世虫は、必要ない。

芋虫は芋虫として、
ただ、そこにいるだけ。

虫も植物も人間も、全てを愛する憧れのナウシカにはなれそうもないけれど。私は、邪な私のまま、みんなと生きていこう。


【鹿島神宮へ初参拝】


8.おまけ(※閲覧注意)

生成AIが作成してくれた常世虫の絵です。

※注意:虫が苦手の方はご注意ください!!

これが一番それっぽい
なぜか邪神っぽい(其の壱)
神々しいけど、よく見ると気持ち悪い
なぜか邪神っぽい(其の弍)
左にお付きの人がいるのがジワる

おわり

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