イタリアって、良いよね ~韓国ドラマ『ヴィンチェンツォ』を観て思う~
この非常事態宣言がまた発せられた今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか?
私たちは家でテレビを観ることが多くなり、といっても日本のテレビは夫が理解できないので、毎日Nerflixを観ております。だんだん観るものがなくなり、あまり韓国ドラマは好きではないのですが、オススメだった韓国ドラマ『ヴィンチェンツォ』を観ることにしました。
これがすっごく面白くて、ドハマりしてしまいました!
(韓国ドラマが好きじゃないって言って、ごめんなさい!!)
私のイタリアマフィアのイメージは、悪いことをしまくって、人を殺しても警察に捕まらないすべを知っている人たち、って感じです。
一方、韓国のイメージは、毎回毎回大統領が任期を終えると、刑務所に入るか、殺されるか、自殺するかで、「大統領任期中、どんだけ悪いことやってるの?」と思ってしまうほど、お金と権力があれば何でも許されると思っている人たちがいる、という感じでしょうか。
そういえば、『ナッツ姫事件』ありましたね。
大韓航空を有する韓進グループの会長の長女で、当時副社長だった彼女が、ナッツの提供の仕方が間違っているといって、責任者を下すために、滑走路に向かっていた機体を搭乗ゲートに戻させました。仁川空港なら100歩譲ってともかく、JFK空港で!アメリカですよ。ニューヨークですよ!!
頭狂ってますよね。そんなこと、自分なら許されると思ったのですかね。
文大統領、任期あと1年ですって。
今、支持率が低いので、どうなることやら。
韓国では新大統領が自らをクリーンに見せるためや、不平や憎悪を他にそらすために、前任者に罪や責任をかぶせるのだそうです。
自分のために、誰かを生贄に差し出すって、やっぱり怖い世界です。
このドラマは、韓国の巨悪の企業に、マフィアの顧問弁護士、ヴィンチェンツォ・カサノが “悪には悪で処断する” というマフィア流儀で立ち向かう、という話なのですが、ところどころに見え隠れするイタリアが、韓国と比べて負ける気がしない、いや、もしかしたら日本も勝てないんじゃないの、って思ってしまいます。
例えば、ヴィンチェンツォはいつもテーラーメイドのシャツやスーツを着ています。靴もピカピカ。パジャマですらも、シルクで素敵です。
カフェではみんなが大きいサイズの “アメリカンコーヒー” を飲んでいるのに対し、エスプレッソ。
ある時は、赤ワイン片手にオペラを鑑賞します。
座るソファーもきっとイタリア製なんだろうなぁ、と思うような素敵なデザインです。
究極は、裁判所に乗り込む際、「俺の車で」と言って、登場したのはなんとランボルギーニ!裁判所の前で皆に注目されながら、シザードアから登場します。
「やっぱりイタリアってすごいよね~」
思わずため息交じりに言ってしまい、ふと隣に座った夫を見ました。
フランスとイタリアは、別にそんなに仲が悪いわけではありませんが、何かと敵対しているところがあります。
どっちのチーズが美味しいとか、どっちのワインが美味しいとか。
そんなどうでもいい、くだらないことで。
ある日、夫がイタリア人の友人宅に招かれた時のことです。
彼がブルネッロ・ディ・モンタルチーノをふるまい、そのワインを飲んで夫が言いました。
「マルゴーみたいだね」
その言葉に友人は反論します。
「違うよ、マルゴーがブルネッロ・ディ・モンタルチーノみたいなんだよ」
どっちでもええわ!
そんな感じなので、夫の反応を待っていると、思った通りの回答が返ってきました。
「フランスの方がすごいよ」
どこがやねん!言うてみ!!
ランボルギーニに対抗できる、フランス車って何?
フランスの有名な家具のブランド名は?
フランス語のオペラ、何本ある?
今ではフランスのブランドの服も、わざわざ『Made in Italy』って書いてあったりするよ。
東日本大震災後、企画したイベントがすべてキャンセルになりました。
1年半かけて準備したものがなかったことに。。。
落ち込んだ私を、夫はローマへの出張に同行させてくれました。
夫が仕事をしている日中は、一人でブラブラと街を散策します。
街全体が美術館のようなローマで、テラスに座ってコーヒーを飲むだけでも癒されました。ローマに住む友人に聞いた、地元の人が通うレストランで出された料理がすべて美味しかった!
ヴィンチェンツォが、韓国人シェフ(しかも韓国で習っただけ)が作るイタリア料理を、「美味しくない」と言って食べないのもうなずけます。別物のようでした。
ある朝、パンテオンの裏の小さなカフェで、地元のおじいさんがコーヒーを飲みながら辺りを見渡し、幸せそうにしているのを見て、思ったのです。
これ以上、何が必要だろう。
コーヒーは1ユーロもしませんでした。
それでも幸せな気分になれるのです。
美しいものを見ながら、美味しいものをゆっくり味わえる時間ほど、プレシャスなものはないのではないかと思った瞬間でした。
こんな時だからこそ、そんなプレシャスをいっぱい見つけてみるのも “ええじゃないか”と思うのです。