大竹民子 『海の庭』
2022年12月、大竹民子さんによるエッセイ本『海の庭』が刊行されました。
海辺の家で波の音をかぞえながら日々をおくる精神科医が綴る9つのエッセイ。過去や現在の記憶が、はるかな自然やみずみずしい動植物と奥深く響き合い、悠久の時間のなかで静かな笛を吹くように人生を語る。水墨画による挿絵を多数収録。
ー帯よりー
大竹さんとの出会いは1冊の絵本、泉鏡花×中川学『英語版 絵本化鳥』。簡略的に言いますと、元々鏡花好きだった大竹さんがこの絵本に感銘を受けてくださり、そのご縁から今回造本&装幀を担当させていただきました。
最初に大竹さんの処女作『からころ』、今回の『海の庭』を読ませていただいた時、言葉を丁寧に選ばれ、優しく静かな文がすっと自然に入り、リアルな情景が目に浮かび読みやすいなあと。エッセイがどういうものかとか細かいところはわかりませんが、どこか優しく寄り添うような感じ。なんやろか、と思っていたら、大竹さんは精神科医さんでもあり、もしかしたら常に患者さんに寄り添ってお話を聞かれているところが表現されているのでは、と。実際お会いした時もそれらを感じ、腑に落ちたのを思い出します。
では本の造本&装幀について。
タイトルの『海の庭』は、エッセイ中のお話のひとつからのもの。タイトル文字は上田普さんによるものです。鏡花本『絵本化鳥』や繪草子『龍潭譚』、大竹さんの処女作『からころ』をはじめNMB48、男前豆腐店、叶匠寿庵、柊家旅館、前田珈琲等の商品ロゴの制作や監修、最近ではフランスやイギリス、ブルガリアなど海外での書のパフォーマンス、VRを使用した新しい書の表現などもされています。
本のサイズはA4変型判(天地292×左右128mm)。京都・龍安寺の石庭の縮尺からのもの。大竹さんは現在、島根県の海辺の家に住まれ、その中海で蛇が水中を泳ぐような潮目が現れ、その様子が京都・龍安寺の石庭のように見えた、という一文があり、そこからイメージを膨らませ手に取り読みやすいサイズにしました。
外側に見える乳白色の紙(今回の場合、帯にあたるところ)にも上田さんの墨滴作品を表現。墨滴と石は親和性があると感じ、墨の滲みが拡がる様が波紋、砂紋を感じさせ、また岩清水として水が染み出すイメージを帯からその下のカバー、表紙、本文、そして裏表紙にまで重層的に滲む様子を表現しています。本、立体物だからこそできる業です。(裏側や表紙などの墨滴はこの帯の作品から加工制作したものです)
実際の原画作品はかなり大きいもので、この書影の墨滴とは濃淡が異なります。原画を見させていただいた時、その墨の力強さの中にある繊細かつ墨の重なりの奥行き、立体感、滲みの美しさは人間味や温かみを感じ、同時に外側へ拡がる墨の時間経過の緊張感が伝わってきてドキドキしたのを思い出します。
また、本来なら本の裏面に印刷されるISBNコードやバーコード、価格表示などは本自体の美しい佇まい、見立てを優先するため、本体には印刷せずOPP袋の側面にコの字シール貼りで対応しています。
帯をめくると墨滴の各所にあわせ石庭の砂紋、枯山水をイメージするエンボス(空押し)が現れます。龍安寺の石庭はシンプルに全てを言っている表現。そこには大げさな表現や極端なレイアウトはなく、ただそこに在るもの。たまたま現れた幾何学的なモノに不規則な形がひとつ。自然界には自ずと規則性があり、その中に不規則なモノが不意に交る、というイメージを形にしました。
カバー紙はOKフロート。ただ凹むだけではなく熱型押し加工をする事により色が変わります。龍安寺石庭の砂紋、そこから感じる宇宙、天体を想像させるものとして使用。本の中ではカバーを外して光に透かして見てください、とは何一つうたっていませんが、これも購入された方のみの偶然の気づきなどから楽しめる遊び心のひとつだと思っています。
製本はコデックス装(上製本)。特徴としては糸で綴じ表紙部分は装着せず、糸が露出した背をそのままの状態で見せる製本です。ノド部分まで180度綺麗に開くので、あまり力を加えずとも開きやすく、そして読みやすい。見た目からすれば、なんとなく壊れやすい、外れやすいのでは、と思われるのですが、実は糸で綴じる製本技法は一般的になっている接着剤だけで組み立てる製本と比べても、安定した強度があり長く愛用する事ができます。また今回糸の色も表紙、見返しと同じ濃紺にする事で、あえて見える背の部分の面白さを活かし、本全体の統一感を生み出しています。昔ながらの手作りの和綴じのような雰囲気も作品の世界観にあっているのではと思います。
またこの本は天、小口3方塗りを施し、背以外の側面を濃紺色で着色しています。それにより本の佇まいがより美しく、海の庭を連想できるものに仕上げています。ほんと職人さんたちに感謝です。
そして本文です。中は全てモノクロ1色刷です。
本文各章内には宮本信代さんによる水墨画(墨絵)の挿絵があります。(合計17点掲載)
略歴:長年書に関わる。1994年から洋画を描き始める。油絵、クロッキー、水彩画を学びつつ、2004年頃独自の「墨の絵」の表現を始める。関西、イタリア等で作品を発表。2017年読売新聞「広論」の挿絵を担当。日美総合水墨画展作家部門にて準大賞、内閣総理大臣賞受賞。独自の絵画表現は多くの支持を得ている。
今回使用された作品の原画は、実際には和紙に墨で描かれています。宮本さんの作品にはあらゆる墨の表情があり、人物や風景画ひとつひとつに物語を感じます。長年墨と共に歩み、新しい表現方法を模索されているからこそ描ける世界観がそこに在ります。今回、本に使用するため作品を縮小し、細部や色味なども変更しています。やはり原画の力には敵いませんが、できる限りその魅力を本に活かし引き出せたと自負しています。
本文紙はホワイトアスワン。軽量でしなやかな腰と温かな手触り感があり、保存性にも優れています。よくインクを吸い込み、沈みがちなため墨の濃淡の再現性には苦労しましたが、綺麗に印刷する事ができました。
そしてこの本の出版元は国書刊行会さん。『絵本化鳥』と同じ出版社です。また今回総指揮を取って頂いたのも化鳥時の編集長であった礒崎純一さん。僕の無茶?!な提案にも常に笑顔で対応いただけ、何ひとつ不安のない状態で柔軟に事を進めていただけた事に心から感謝いたします。加えて営業や現場の職人の方々にも心より感謝しております。美しい形に仕上げていただきありがとうございました!!
そんなこんなで、いろいろと装幀に関して書かせていただきましたが、やはり実際手にとって読んでいただかないと伝わらない事だらけなんです^^;僕の、みんなの渾身の作品になりましたので、ぜひともご贔屓いただければと思います。〈全国の書店や国書刊行会さんのサイト、ならびに各ネットショップからも購入可能です〉
そして朗報です。
今年3月3日から5日まで島根県立美術館内で出版記念原画展を開催する事になりました!宮本さんの原画をはじめ、上田さんの題字、墨滴作品、本の装幀に関わる進行時の資料、束見本、色校正などなど、いろいろ展示する予定です。
4日(土)には著者の大竹さん、宮本さん、上田さん、僕、泉屋の4人によるギャラリートークもありますので、島根県の方々や、その時近くにいるよ、駆けつけるよ!という方々大歓迎です(^_^)展示会は3日間になりますが、会場もトークイベントも入場無料ですので、ぜひよろしくお願いいたします!
『海の庭』出版記念原画展
場所:島根県立美術館 ギャラリー3室
会期:2023年3月3日(金)- 3月5日(日)〈3日間〉
時間:10:00〜18:00 入場無料
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